揺らぐ「哀れなシングルマザー像」

 ひとつ、この事件を語る上で避けて通れないことがある。

 今でも当時の報道写真がネットで出回っているが、正直、美津子は化粧気もなく、自分の身なりに気を遣わないタイプの女性だったと思われる。大人しそうな外見に、終始反省した態度。だからこそ裁判では、冒頭のような「結婚をチラつかされた哀れなシングルマザー」という図式がピッタリとはまった。

 しかし実際の美津子は男を切らすことなく、言葉を選ばず言えばとっかえひっかえ状態だったのだ。

 一方の共犯の男はどうだったか。

 これまた女性にはあまり縁がなかったようで、交際した女性はいたというものの、独身だった。

 山間の実家で暮らし、高校の用務員として勤務する傍ら、趣味はマラソン。性格は温厚で、まじめすぎるくらいと男を知る人は口をそろえた。ましてや、子どもに暴力を振るうなど有り得ない、むしろ止めに入る側だ、そんな評価ばかりだった。

 逮捕されたときも、動揺する母親に対し「何かの間違いだ」と落ち着いた様子で話しており、なにより事件前日、旅先で陽介ちゃんと親子と見間違われるほど親し気に寄り添う姿が目撃されてもいた。

 だが男は、懲役16年の刑が確定した。裁判では美津子も罪に問われはしたものの、あくまで従犯、との位置づけとなった。

 そこで改めて思うことは、本当にあの男は陽介ちゃんを殺害したのかということ。

 男は一貫して否認、しかも検察が主張するような午後の比較的混雑する道の駅での犯行状況は極めて不自然という見方もある。男の車からは血痕は一滴も出なかった。

 捜査段階での自白は一部強要があったと本人が主張しているが、その自白と「すでに自分の罪を認めている」美津子の証言で裁判は進められたといってもいい。

◆   ◆   ◆

 それにしてもこの美津子の過去から見えるものだけでも少なくとも「男に縋りつくしかないか弱い女」という印象は、ない。2度の結婚を自らぶち壊したことからも、結婚をチラつかされてという理由も相当とは思えない。

 むしろ他人を操るためには手段を選ばない、たとえ暴力や犯罪行為であってもという姿が見える。

 私だけが痛い目を見ることは許せない。少しでも刑を短くすることを考えなかったろうか。どんな手を使ってでも他人を操るという美津子の筋書きは、そこにはなかったのだろうか。

 刑期を終えた今、美津子は何を思うのだろうーー。

事件備忘録@中の人
 昭和から平成にかけて起きた事件を「備忘録」として独自に取材。裁判資料や当時の報道などから、事件が起きた経緯やそこに見える人間関係、その人物が過ごしてきた人生に迫る。現在進行形の事件の裁判傍聴も。
サイト『事件備忘録』: https://case1112.jp/
ツイッター:@jikencase1112

【参考文献】
『週刊朝日』(2006.12.1 p.34~36)、『サンデー毎日』(2006.12.3 p.30~33)
『何が彼をそうさせたのか』(あきた北新聞)