死刑を望む母
一方で、殺人を犯した我が子に対し、死刑を持って償うしかないと考える母親もいる。
雅代(仮名・80代)の長男・武志は、死刑の執行によってこの世を去っている。雅代は武志が生まれて間もなく、暴力を振るう夫と離婚し、ひとりで3人の子どもを育ててきた。
武志は幼いころから喧嘩や盗みばかりして警察の世話になることが多かった。暴力団と付き合うようになってから、家には寄り付かなくなっていたが、雅代は他のきょうだいの人生に影響が出ないようきょうだいを遠方に移住させた。
武志は敵対する暴力団との抗争により何度も逮捕され、刑務所を出たり入ったりしていた。雅代はニュースで事件の情報を得ていたが、これまでは武志から雅代に連絡が来ることはなかった。ところがある日、拘置所にいる武志から手紙が届き、武志が殺人を犯し、死刑判決が下されたという事実を知らされた。
「俺は仲間に裏切られたんだ。死刑なんてありえない。裁判をやり直すのに協力してくれ」
武志は焦ったように何度も手紙を送ってきた。雅代がようやく面会に行くと、
「遅いぞ何やってんだよ! 500万用意して〇〇弁護士に連絡してくれ。早く!」
そう言い残して武志は去っていった。
清掃の仕事をしてなんとかひとり生活している雅代に、大金など用意できるわけがなかった。
「早く弁護士見つけてこい、クソババア!」
面会に行かない雅代に、武志は罵詈雑言が並んだ手紙を何通も送ってきた。しばらくして、雅代は武志の弁護士から連絡を受け、死刑に反対する活動に協力を求められたのだという。
「私も死刑になりたいと言いました。この生き地獄から救ってほしい。武志に人生を狂わされた人がどれだけいることか、それを考えると、死刑では生ぬるいくらいです」
武志が事件を起こしたころは加害者家族支援団体もなく、雅代は完全に社会から孤立して生きてきた。藁にもすがる思いで入信した宗教団体に騙され、借金を背負わされたこともあった。
死刑執行後の心境を、雅代はこう振り返る。
「死刑の知らせを聞いて、胸を撫で下ろしたのを覚えています。無期懲役だったら、私が死んだあと、他の子どもたちに迷惑がかかるからです」
今回、3人の死刑執行がされた。もし、死刑囚の家族になったとしたら死刑を望むだろうかーー。殺人事件の半数が家族間で起きている日本において、一度は考えてみるべきではないだろうか。
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。