「社会的な成功を収めた人は正しい」というバイアス
内村がウーバーイーツで食事を頼んでいたことについて、ネットでいくつか「一流アスリートの偏食はめずらしいことではないのだから、妻はそれに合わせるべきだ」という書き込みがありました。こういうとき、具体例にあげられるのが、日本が世界に誇る元野球選手のイチローです。イチローは食べ物の好き嫌いが多く、夫人の作る具のないカレーやそうめんを食べ続けていたことで知られています。
しかし、一流選手がみな偏食かというと、そんなこともないのです。元中日ドラゴンズ・落合博満監督は、若かりしころは成績もふるわず、大の偏食家だったそうです。しかし、信子夫人の“指導”でそれを直し、日本プロ野球史上唯一の3度の三冠王を達成しました。自著『戦士の食卓』(岩波書店)で落合氏は《とにかく、選手にとって一番大切なのは体であり、その体を健康に保ち、強くしていくのは食事と睡眠だ》と書くに至っています。
偏食でも結果を出している選手もいるし、偏食を直して一流となった選手もいる。つまり、偏食かどうかは、問題ではないのです。それではどうして「一流アスリートの偏食は、めずらしくない」と内村を擁護するような意見が出てくるのか。それは「社会的な成功を収めた人は正しいに決まっている」というバイアスのせいではないでしょうか。
「勝てば官軍負ければ賊軍」ということわざは「正義が勝つのではなく、勝ったから正義とみなされる」という、私たちが“強いものに弱い”というバイアスを象徴していますが、内村は“世界一”という地位を手にしています。
「人生万事塞翁が馬」ということわざがあるように、人生の勝ち負けは後になってわかることが多いものです。けれども、はっきり“勝ち”と“負け”が一瞬にして出る分野もあります。オリンピックなどスポーツの試合、受験、人気商売などの売り上げで、これらの世界では「結果がすべて」です。
アスリートが金メダルを取って“世界一”となったあかつきには、抜群の知名度と好感度をいかしてCM出演するなど、経済的にも潤うでしょう。場合によっては国民栄誉賞を受賞するなど、社会的な名誉も得られるかもしれません。
このように、たくさんの“ご褒美”が用意されている以上、絶対勝たないといけなくなるでしょう。そうすると、本人やその周りはだんだん「勝てば他のことは何でもいい」という発想に陥ってしまうのではないでしょうか。家庭生活に対する妻の要望は、金メダルには無関係な出来事ですから、夫やその周辺にとっては「どうでもいいことをグチグチ言ってくるヤバい妻」として切り捨てられてしまう可能性があります。
金メダルといえば、昨年の東京オリンピックで金メダルにもっとも近いオトコの呼び声高かった瀬戸大也が実は不倫をしていたことが2020年9月24日発売『週刊新潮』によって報じられました。さらに2020年9月29日に配信された『女性自身』の記事は、《瀬戸大也 知人語る妻へのモラハラ…ワンオペ育児に断食強制も》と報じています。
これも本当にモラハラだったのか、部外者にはわかりませんが、精神科医の市橋秀夫氏は『自己愛性パーソナリティ障害』(大和出版)において、「学歴や年収などの外的価値しか信じない」「プロセスには意味がなく、結果がすべてだと思う」という不健全な自尊心が摂食障害などの自分自身の不調を招いたり、DVなど他人を傷つけることに発展する危険性を指摘しています。スポーツは「勝ち負け」があるからこそ面白いわけですが、その価値観が行き過ぎるとモラハラが起きてもおかしくないのではないでしょうか。