この日の午後2時半に白いワゴン車で迎えに来た。先に女性1人が乗っていた。車内はビニールで運転席と後部座席を仕切ってある。運転手がホテル側に到着予定時間を電話する以外、車内は終始無言。感染リスクを考えてのことだ。
ホテルに着くと、入り口にカードキーが入った封筒が置いてあり、職員からガラス越しに部屋に行くように案内された。このホテルの宿泊療養者は20代、30代が目立ち、軽くせき込んでいる程度の人が多かった。
1日3回の食事は、それぞれ自力で1階ロビーに取りに行く。衛生上、館内アナウンスがあってから1時間以内に弁当を受け取って自室で食べ、空き箱を1階に捨てる。エレベーターは2基。数十人がエレベーター待ちの行列をつくることもあった。もちろん、言葉を交わす人はほとんどいない。
宿泊療養期間は発症から10日間で、11日目の午前に退所すると決められている。発熱が続いた場合は延長になる。私の発症は1月20日だったから、療養は1月30日までの5日間となった。
この間、「宿泊療養者向けのホテルが都内で2000室空いている」というニュースが気になっていた。この記事では、都が確保したのは24日時点で4940室、そのうち使用しているのは2700室未満となっていた。都の30日更新のデータでは宿泊療養は3359 人となっている。部屋のやりくりは、実際はどうなっているのだろうか。
私の療養先は高層の大型ホテルだった。1月27日段階で見ると、ある階では68室のうち空きが19室で、使用率は7割程度だった。別の階では空き53室・使用率2割程度だったが、その階は29日になると、空き室が13室に減っていた。
空室が発生するのは「部屋の消毒・清掃で、患者が療養を終えた部屋ごとではなく、1つのフロアの患者全員が退所するのを待って消毒と清掃を行っている」「リネンの交換を行う業者などから感染への不安の声がある」(NHKニュース、1月17日)ことが大きな要因とされている。このホテルでも1階以外でスタッフを見かけることはなかった。
状況は刻々と変わっている
感染力が強いオミクロン株の影響で、新型コロナの状況は刻々と変わっている。東京都の小池知事は1月23日、「感染者が増えている流れの中で、軽症や無症状の人はできるだけ自宅にいていただく」と述べ、それまでの原則宿泊療養の方針を転換させている。
重症化リスクの高い家族がいるため私は隔離を認められたが、宿泊療養待ちの人は数多いだろう。家族を心配する気持ちは同じ。宿泊施設の利用方法を改善したり、連絡に関わる事務作業の効率を上げたりといった工夫の余地はもうないのだろうか。
感染しても自宅療養を強いられるとなると、備蓄は必須だ。液体で栄養を取れる食品、保温ポット、生理用品、パルスオキシメーター……。品薄だが、承認済みの検査キットもあったほうが安心だ。
もしかしたら、コロナに罹患していない多くの人は、まだどこか他人事かもしれない。だが、この感染爆発は尋常ではない。重症者やそのリスクが高い人以外は、国も自治体も支援できないというフェーズに入っている。状況はそれこそ時間単位で変化しているし、私のこの経験すら読んでいただいたころには古びてしまっているかもしれないのだ。
青木 美希(あおき みき)Miki Aoki
ジャーナリスト
札幌市出身。北海タイムス(休刊)、北海道新聞を経て全国紙に勤務。東日本大震災の発生当初から被災地で現場取材を続けている。「警察裏金問題」、原発事故を検証する企画「プロメテウスの罠」、「手抜き除染」報道でそれぞれ取材班で新聞協会賞を受賞した。著書「地図から消される街」(講談社現代新書)で貧困ジャーナリズム大賞、日本医学ジャーナリスト協会賞特別賞など受賞。2021年4月に「いないことにされる私たち」(朝日新聞出版)を出版。