車イスでろれつが回らずも千秋楽へ
《唐さんの世界に登場する人たちに触れていると、心の温度があったかいままでいられます。ただ、辻褄という点ではぶっ飛ばされているので(笑)、個人で埋めてみたものを、みんなでミックスさせていくという作業が必要になる》
原作者の期待に、宮沢は渾身の演技で応えた。
「『泥人魚』には、磯村勇斗などの若手から風間杜夫ら大ベテランまでが集結していましたが、宮沢りえの演技には群を抜いた“強度”がありました。アングラ演劇で重要なのは、俳優たちひとりひとりが役を生き生きと演じ、みんなで芝居を立ち上げるうえで生じる熱量。
彼女の鋭い声を耳にすると、たちまちその姿や表情までが目の前に立ち現れてくるようでした。鬼気迫るものが彼女の演技にはあり、その熱が周囲の者たちを巻き込んでいった印象です」(折田氏、以下同)
柔軟性にも驚いたという。
「勘の鋭さや、演出家の意図を酌み取る力に長けていると感じます。彼女の演技キャリアの中でも、真骨頂的なものだったと思います。彼女が舞台上に登場すると、釘づけになってしまうんです」
唐はこのところ体調を崩し、現場に姿を現すことは少なくなっている。都内の自宅の周辺でも、「ここ3年ぐらい見ていません」と証言があり、あまり外出していないようだが、『泥人魚』の稽古には訪れていた。
「これまで何本も唐作品のヒロインを務めてきた宮沢さんは唐さんに駆け寄り、“唐さん、お久しぶりです、お元気そうで!”と挨拶していました。唐さんは稽古を食い入るように見ていて、宮沢さんの見せ場では涙を浮かべていたそうです。本来は一幕の通し稽古だけを見る予定だったのですが、本人の希望もあって、二幕の稽古も見ていました」(舞台関係者)
いても立ってもいられなくなったようだ。唐は12月29日の千秋楽にも駆けつけた。
「車イスに乗り、ろれつも回っていませんでしたが、どうしても宮沢さんに感謝を伝えたかったそうです。宮沢さんは、そんな唐さんを見て感動して震えたと語っていました。唐さんはカーテンコールにも登壇し、会場の全員で三本締めと無声で万歳三唱をしました」(劇場スタッフ)
宮沢にとっても、意義の深い舞台だった。“原点”の演劇を大切にしているからこそ、宮沢はドラマや映画で素晴らしい演技を見せることができるのだ。
折田侑駿 文筆家。1990年生まれ。映画、演劇、文学、服飾、大衆酒場など、各種メディアにてカルチャー系の記事を執筆