リアリティーを追求する『科捜研の女』の誕生
また、各局で2時間ドラマが大量生産されるようになると、作品の差別化がますます求められ、主人公の設定もさらなるニッチ化が加速した。
「1989年には浜木綿子さんが武術の達人の尼さんに扮する『尼さん探偵』、1997年には地井武男さんが演じる寿司職人が事件を解決する『江戸ッ子探偵殺人案内』、2000年には神田正輝さんが無類のラーメン好きの刑事役を務める『ラーメン刑事』など、ユニークすぎるキャラクターが続々と登場しています」
2000年に始まった『おばさん会長・紫の犯罪清掃日記! ゴミは殺しを知っている』では、ゴミ清掃員役の中村玉緒とさとう珠緒の“たまおコンビ”が事件の捜査に挑む。「捜査権あるの!?」と思わずツッコんでしまうような迷作が生まれる一方で、さらなるリアリティーを追い求める方向にも進化している。
「1996年に始まった『警視庁鑑識班』は、警視庁の鑑識課が舞台。名探偵が鮮やかに事件を解決するような華やかさはなく、地を這うような証拠集めやDNA鑑定が続きます。取材にも力を入れ、細部まで徹底して作り込んだ結果、実際の警察署で新人警官の研修用資料に使用されたという逸話もあるほど、リアリズムにこだわった作品です」
1999年には法医研究員の姿を描く『科捜研の女』がスタートするなど、リアリティーを追求する流れは現在の連続ドラマにも続いている。
「インターネットが普及し、誰も知らない情報というものが減ってきた時代。視聴者を飽きさせないために、サスペンスドラマはますますマニアックで、より細分化したテーマを選ばざるをえなくなってきたのかもしれませんね」
こうした細分化の時代背景を受け、サスペンスドラマのタイトルからは、かつての王道の文言「京都」「湯けむり」「みちのく」が消えていった。
「2007年、『混浴露天風呂連続殺人』のプロデューサーはシリーズの幕引きの際に“もう日本に秘湯はなくなったのです”と説明していました。実際には、コンプライアンスが厳しくなった社会で、お色気シーンが容易に出せなくなったということも“湯けむり”が消えていった大きな要因のひとつだと思います」
もちろん、京都や温泉そのものの人気や魅力は今も変わらない。いろんな情報が簡単に手に入る時代に、サスペンスドラマで京都やみちのくの情報を得たいという需要がなくなっただけなのだろう。
「地上波が好き勝手にできる時代は終わり、サスペンスドラマはやっと旅情と色気から解放されたのかもしれません。この先は、今以上に粒度の高い情報や最新鋭のトリックを盛り込んだ“シン・サスペンスドラマ”が生み出されていくのでしょうね」
大野 茂さん●阪南大学教授(メディア・広告・キャラクター)。慶応義塾大学卒業後、電通のラジオ・テレビ部門やNHKディレクターを経て、現職。著書は『サンデーとマガジン』(光文社新書)など。