「さん付け」ルールを悪用するいじめも
あだ名が禁止されるようになってからも、いじめは減ることなく繰り返されてきた。文科省によれば、全国の小中高校で学校側が認知したいじめの件数は'14年度以降、6年連続で増加。'20年度こそコロナ禍の影響もあり、過去最高を記録した'19年度よりマイナス15・6%と減少に転じたが、それでも51万7163件と、依然高い水準にある。
「例えば、子どもが“ゴリラ”というあだ名をつけられたとします。いじめがある中でつけられたときは、ゴリラは蔑称そのものになります。ところが、あだ名をつけられたのが教室内のスクールカーストで上位の人物であれば、ゴリラというあだ名は、人気者であることや親愛の情の表れになる。教室の中の力関係やほかの生徒との関係性によって、同じあだ名でも意味が全く変わってくるのです」
スクールカーストとは、教室や学校内での序列を表す言葉。容姿や服装のセンス、コミュニケーション能力、運動神経や学力など、序列の基準になる要素は学校によって異なるが、それにより格付けされ、「一軍」「二軍」のように上位から下位まで振り分けられる。上位の子どもは、下位の子どもを従えてかまわない雰囲気がつくられる。
「子どもたちの間にある序列や関係性を無視して、あだ名という表面的な行為だけを禁止しても無意味です。いじめを防げるはずがありません。
それから教室内では呼ばないにしても、LINEやSNSで、あだ名で呼び合う可能性もある。そうしたネット上のやりとりは大人が把握しづらいうえ、いじめが起きたときに、学校側が把握できなかった口実にしやすいという問題もあります」
加えて、子ども同士が“さん付け”で呼び合うなど丁寧な言葉で接していたとしても「そのルールを悪用して、いじめる子どももいるでしょうね」と、渋井さんは懸念する。
「いじめる側は丁寧な言葉遣いで相手を攻撃し、追い詰めていく。そうすれば録音されていたとしても、音声だけを聞いていれば、いじめが起きているとは思いませんよね。ちゃんと“さん付け”をしていましたよ、いじめていません、と言い訳できてしまいます。
これは“大人のいじめ”で考えればわかりやすい。多くの職場では“さん付け”で呼んだり、丁寧な言葉遣いをするなかでいじめやパワハラが起きています。乱暴な言葉を使わなくても、相手を追い詰めることは可能です」
同様の問題は、防犯カメラが設置されている学校でも起こりうる。
「私立の場合、防犯カメラを設置している学校が多い。そのため映像に残っていてもバレないように、いじめる側は威圧的な振る舞いをしたあと、相手を無理やり笑わせるんです。すると映像で証拠を突き付けられても、“相手が笑顔なんだから嫌がっていない。仲間内でふざけていただけ”と弁解できます」
こうした巧妙ないじめは小学生の間でも起きていて、「残念ながら珍しいことではない」と渋井さんは言う。
「学校や大人たちはそうした現実を踏まえながら、いじめ防止の対策を考える必要があるのです」