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吉田拓郎が年内で歌手活動を終了する。
「単独全国ツアー、大規模屋外コンサート、アーティストによる会社設立など、今ではごく当たり前のことを、日本国内で初めて行ってきたのが拓郎さん。また、中島みゆきさんや桑田佳祐さんをはじめ、米津玄師さんやあいみょんさんなど、さまざまなアーティストに影響を与えた日本音楽界のまさに“レジェンド”です。引退は残念という言葉しかありません」(音楽誌編集者)
今年で76歳となった拓郎だが、突然の引退宣言はなぜなのか─。
ボブディランとザ・バンドの公演をみてショック
拓郎は'70年に『イメージの詩』でデビュー。'72年には『結婚しようよ』がヒットして人気を博す。
「当時のフォークは、反戦などイデオロギー的な要素を含んだ曲が多かった。拓郎は“それがフォークだと言うなら、そのレッテルを外したい。俺は個人的な感情を、誰もが普通に思うことを歌いたいんだ”とよく言っていました」
そう話すのは、拓郎のバックバンドを務めたフォークグループ『猫』の常富喜雄氏。
個人的な思いを歌った拓郎はマイナーだったフォークという音楽ジャンルにスポットを当てて一変させた。
時代の寵児となった拓郎だったが、大学時代の後輩である蔭山敬吾氏は、当時の意外なエピソードを明かす。
「'74年にアメリカで開催されたボブ・ディランとザ・バンドの公演を拓郎さんと見に行きました。どんなライブをするのか純粋に興味があったんでしょうが、拓郎さんはその演奏力やパフォーマンスを目の当たりにして“俺には同じことをするのは無理かもしれない……”とそうとうショックを受けていました」
圧倒的な存在に打ちのめされたが、立ち上がる。