限りある命。やりたいことは、やってみる!

 冒頭で述べたように、岡田さんは現在すし作家として全国を飛び回っている。「自然が豊かな場所で子どもを育てたい」という妻の希望もあり、数年前に自宅は福岡に移した。酢飯屋で握るのは年に数回のみ。漁港に通ううちに、魚釣りも始めて、今は自ら釣った魚を寿司として提供することも多いという。

7月に千葉県富津市上総湊港で海の上で寿司を握る企画を開催。この日に釣ったカワハギなどをその場でお寿司に。ちょっとした下処理で釣りたてのお魚もおいしい
7月に千葉県富津市上総湊港で海の上で寿司を握る企画を開催。この日に釣ったカワハギなどをその場でお寿司に。ちょっとした下処理で釣りたてのお魚もおいしい
【写真】海の上で寿司を握る様子。釣りたての魚をその場で寿司に

「先日も佐渡で、船に乗って魚を釣り、それをさばいて寿司にするという1泊2日の親子向けツアーを実施しました。こうしたイベントやワークショップ、そして魚釣りに行った先々でお寿司を握っています。店だけじゃなく、僕が握る場所が酢飯屋なんです」

 事業を縮小したとはいえ、「やりたいことは、やってみる」がモットー。釣りをするうち、魚が棲む海にも興味が向いてダイビングも始めた。環境問題にも関心が広がる。

「海水温の上昇などが原因で海藻が失われつつある。海藻は魚が卵を産む場所なので生態系に影響を及ぼす深刻な問題です。

 海藻の研究と養殖を行っている『シーベジタブル』というベンチャー企業があり、そこの顧問をしています。

 育てた海藻を、どう調理したらおいしいか、というので料理人の僕が考案しているのです」

 また、魚屋の顧問も務め、これまで培ってきた魚の知識や仕入れ法などのノウハウを生かしてコンサルタント業務を行っている。

 そして以前から力を入れているのがブログでの発信だ。

紹介制・寿司屋「酢飯屋」オーナー岡田大介さん 撮影/伊藤和幸
紹介制・寿司屋「酢飯屋」オーナー岡田大介さん 撮影/伊藤和幸

「昔から記録魔なんです。海で釣りをしたら、魚をいろんな角度から写真に収めて。漁師さんから得た魚についての情報をメモする。そうしてインプットしたことは外に出したくなるんですよ。僕のブログは細かいし、写真が膨大。

 例えばニシンだったら、うろこや目、ヒレ、口の中のアップ。ニシンが泳いでいる水中写真、そして最も魚が美しい、釣りあげた瞬間を撮影。ニシンの語源や歴史、ニッチな逸話まで綴って。ウィキペディアより詳しいブログを目指しているんです」と笑う。 

 興味があることはとことん凝って妥協しない性格なのだろう。岡田さんにとってブログはストレス発散。利益を生むものではない。

 ただ、絵本もブログを見た出版社の人から「本を出しませんか」と依頼が来て実現したという。コツコツ積み重ねたことが何らかの形で実を結ぶのだ。

 長年、岡田さんの仕事ぶりを見てきた有馬さんは、尊敬の念を込めて、こう語る。

「やりたいことをやる、って言うのは簡単だけど、実は大変なこと。例えば生産者さんから食材を仕入れるという岡田さんのやり方。

 食材ごとに生産者が異なるから発注も事務作業もそのぶん手間と時間がかかる。豊洲市場でまとめて仕入れたほうが1か所ですむからラクなんです。だから、ほかの飲食店のオーナーも『やりたい』と言いつつ妥協する。そこを妥協しないのが、岡田さんの素晴らしいところ」

現在も酢飯屋に併設されたギャラリーやカフェは引き継がれて運営されている 撮影/伊藤和幸
現在も酢飯屋に併設されたギャラリーやカフェは引き継がれて運営されている 撮影/伊藤和幸

 岡田さん自身は、冷静に先を見据えている。

「今は顧問の仕事もいくつかいただき、おかげさまで絵本も売れ、イベントや講演の声もかかる。だからといって安泰というわけではありません。長年お店をやっているとわかるんです、いいときと悪いときの波は必ずある。またピンチは来るかもしれない」

 そして、こう続けた。

「18歳のときいちばん大事な人、母を失った。でも、それが僕を食の道に導いてくれました。以後、僕はネガティブなことが起きても、何か意味がある、ポジティブに変える方法はないかと考えるクセがついた。

 だからまたピンチが来ても乗り越えられる気がします。母の死よりつらいことって今後もないでしょうから。あっ、あるとしたら……妻がいなくなったら……つらいなぁ(笑)」

取材・文/村瀬素子(むらせ・もとこ) ●映画会社、編集プロダクションを経て'95年よりフリーランス・ライターとして活動。女性誌を中心に、芸能人、アスリート、文化人などの人物インタビューのほか、映画、経済、健康などの分野で取材・執筆。