集中力を活かす葉っぱ切り絵との出会い

 失業手当をもらいながら、就労支援センターで講義を受けていたある日のこと。

 退屈な講義の最中、リトさんは配られたプリントの隅に、無意識に落書きをしていた。そのとき、ふと小学生だった自分が夢中で「お絵描き」をしていたことを思い出す。

「中学に入ったら絵のうまい子がいて、“とてもかなわない”と思い、絵を描くのをやめてしまったんです。でも、緻密な表現を始めたら、その世界に入り込んで、いつまでも描き続けてしまうのが僕のクセでした」

 小さいころから集中力だけは人一倍、高かった。特に細かい作業に集中し始めると、周りの声も聞こえなくなるくらい没頭し続けていられた。

「怒られっぱなしの会社員時代を経て、自己肯定感ゼロになっていた僕に、光が見えてきた瞬間でした。そこで、自分の弱みを強みに変える方法のひとつとして、アートという表現もあるんじゃないかと思えたんです」

 '18年の春、リトさんはツイッターでADHDの当事者として情報を発信するアカウントを作成。少しずつではあるが2000人のフォロワーができ、ささやかな手応えを感じていた。「このまま続けていれば、もしかしたら誰かに見つけてもらえて、仕事につながるかもしれない。そう思うようになりました」

ボールペンで作品を描いていたころのツイート。制作に集中しながらも煩悶する様子がうかがえる
ボールペンで作品を描いていたころのツイート。制作に集中しながらも煩悶する様子がうかがえる
【写真】見る人の心を揺さぶり想像力を刺激する「葉っぱ切り絵」の数々

 リトさんはSNSを「就職活動」の場所として、ひたすら投稿しようと決意する。

 ADHDに関する情報を発信する傍ら、試行錯誤を重ねた。最初に取り組んだのは、ボールペンで描かれたイラスト。おびただしいほどの細かい線で描き込まれたものだ。絵心も、絵画の知識もまったくない。

 だが、細かい作業をする集中力だけは人一倍ある。好きなことに自由に取り組めるのは、なんて素晴らしいのだろう……。リトさんは創作する喜びにあふれていた。

 そんな息子の姿は、家族にはどう映っていたのだろうか。母親の幸恵さんは「あのころはずっと部屋に閉じこもっていたけれど、遊んでいるようには見えなかった」と話し、さらにこう続ける。

「その当時、息子と2人で食事に出かけたときに、イラストを見せてくれたことがあったんです。“すごいよ、これ”と言ったきり、私は声が出なかった。“どうなるかわかんないけど、僕はやってみたい”とあの子が言うので、私はウンウンうなずきながら“絶対、応援していこう”と決めました」(幸恵さん)

 その後も毎日欠かさずツイッターに投稿し続けたリトさん。とはいえ、フォロワーは思うように増えない。半年ほどの試行錯誤の末にたどり着いた表現が、「切り絵」だった。

「始めてみたら、すぐに自分に向いていると思いましたね。どんなに細かい作業でも、単調でも、1度始めたら没頭できる僕にピッタリだって」

 しかし、現実は甘くない。実際にSNSに投稿してみると、切り絵作品はすでに世の中に無数にあふれている。しかも、どれも技術が高く、リトさんの作品が注目を集めることはなかったのだ。

 投稿を続けるもなかなかフォロワーは増えず、貯金も底をつきかけていた。いよいよ諦めて職探しをするしかないのか──。そう思いつつネットを眺めていると、スペインのあるアーティストの作品に目が留まった。切り絵だが、紙ではなく、葉っぱでできていたのだ。

「葉っぱの真ん中から上半分が森になっていて、そこで動物たちが草を食べている……。まるで葉っぱの中に小さな世界が息づいているような、この不思議なリーフアートに、僕は一瞬で引き込まれてしまったんです」

 翌日、早速、横浜郊外にある地元の公園で葉っぱ探しを始めた。その日のうちになんとか作り終え、葉っぱ切り絵作品の第1号をツイッターに投稿した。

スペインのアーティストに触発され、リトさんが初めて作った葉っぱ切り絵作品。この当時から「ストーリーを描く」ことを心がけていた
スペインのアーティストに触発され、リトさんが初めて作った葉っぱ切り絵作品。この当時から「ストーリーを描く」ことを心がけていた

 リトさんは言う。

「技術的には今より拙(つたな)いけれど、単にモチーフを美しくカットするだけじゃなくて、“1枚の葉っぱの上にストーリーを描く”というオリジナルな表現。それは、この第1号から始まったんです」