転機となった「葉っぱのアクアリウム」
葉っぱ切り絵に、今までにない手応えを感じたリトさんは、「毎日1作品」と決めて投稿を続けていった。
葉っぱの種類は制作を重ねるうちに、厚すぎず薄すぎず切りやすい「サンゴジュ」と「アイビー」にたどり着いた。最初は生の葉っぱを使っていたため作品を撮影したらすぐに捨てていたが、グリセリンでドライリーフに加工する方法を知ってからは、完成作品の変色や乾燥を防いで、保存もできるようになった。
1つの作品が完成するまで下絵に1時間、制作に2時間くらいかかるのが通常。加工が細かい作品だと、6〜8時間かかることもある。
作品のアイデアはどこから生まれるのだろうか。
「よく“アイデアのストックがあるんでしょう?”と言われるけれど、まったくないです。その日起きて、何を作ろうかなと思っても、頭の中は空っぽ。だから、今日は何の日かを調べます。1年365日、必ず何かの記念日なんですよ。
例えば『リサイクルの日』だったら、ゴミをテーマに考えられないかな、とか。この間は十五夜だったんで、それをテーマにした作品を作りました。毎月、必ず“〇月生まれのきみにおめでとう”というバースデー作品も投稿します。その月が誕生月の人たちに、すごく喜んでもらえるので」
葉っぱ切り絵を始めてから半年ほどたった2020年8月、異変が起きた。沖縄・美(ちゅ)ら海(うみ)水族館のジンベエザメをイメージした作品『葉っぱのアクアリウム』をツイッターに投稿すると、とんでもない反響があったのだ。
「それまで“いいね”は最高でも(1作品あたり)1000くらいが限界だったのに、3万もついたんです。フォロワー数も2000くらいだったのが、いきなり8000を超えました。たった1日で。そこからテレビの取材依頼までくるようになったんです」
切り絵を始めたばかりのころに比べて技術は向上、表現にも自信が生まれてきた。背景にもこだわり、室内で真っ白な壁を背景に撮影していたが「立体感が出ない」と思い、少し離れた公園に出向き、空と森をバックに撮影するなど、工夫を凝らした。
それでもリトさん自身、「バズった」理由はわからないと言う。
「ギリギリのバランスで、ジンベエザメと魚たちがつながって空に浮かんでいるところに驚いてもらえたのかな。この作品を見る方が持っている水族館の楽しい思い出を喚起できたのか。もっとほかの理由もあるんでしょうか……」
こうしてリトさんの作品は評判を呼び、プロの目にも留まるように。講談社エディトリアルの編集者・下井香織さんは、たまたま自身のツイッターに葉っぱ切り絵が流れてきて、リトさんの存在を知ったという。
「偶然に誰かがリツイートした投稿を見たんです。心を撃ち抜かれてしまい連絡を差し上げました。まだリトさんのフォロワーは1万人もいないころでしたね」(下井さん、以下同)
リトさんの作品に魅了された下井さんはその後、3冊の作品集作りに携わることに。
「基本、無名作家の画集や写真集では企画が通りません。またリトさんの場合、読者がまねて作るにはハードルが高く、切り絵のメソッド本としても出しにくい。そこを“絶対多くの人の心を打つはずだから”と社内で説得し、最初の本を出したら、予約殺到で発売前重版が決まったほどでした」
下井さん自身、反響の大きさに驚いているという。
「単行本にはさんである、読者へのアンケートはがきの返信が毎日のように届くんです。読者層は広くて、10代未満の子どもから90代の年配の方まで。感動を伝えずにはいられないという感じで、はがき一面にびっしり書いてくる人も多いです」
ツイッター上からリトさんに直接、コメントを送るファンも珍しくない。「癒されます」「自分の生活の糧になってます」「人に教えたくなる」……こうした声に、リトさんは丁寧に返信していく。コメントを読むなかで、さまざまな発見をすることもある。
リトさんは言う。
「おもしろいのが、男性と女性で見る視点が違うこと。男性は作品の技術に注目していて、細い線がここでつながっていてすごいと気づいてくれる。でも女性の場合、技術よりも作品に登場する動物たちの表情を見て“この子、笑ってるね”“顔が明るい”などと言うんです。でも、僕は笑っている顔を描いてはいないんですよ。目の位置に2つ、穴をあけているだけなのに、そこからみなさんが読み取ってくれる。こんな声が圧倒的に女性に多いんですよ」
コメントを通してファンからのフィードバックを得ながら、葉っぱ切り絵の作風も変化していったという。
「初期の作品は今と違って“僕はここまで細かく切れるんだぞ”と、技術を見せようとしていたんです。迷路みたいな柄を作ったりもしました。でも、そうやって頑張っても“いいね”が増えない」
試行錯誤を重ねるうちに、動物たちがやりとりする作品のコメントがにぎわうことがわかった。
「シンプルなストーリーのほうが喜んでくれる。もっとこの方向で作ってみようと思いやってみたら、フォロワーが増えていったんです。“そういう目線もあるんだ”と、みなさんのコメントから学ばせてもらっています」