取材を通して知ったユーミンの素顔と魅力
高校時代の由実が夜中に金縛りに遭い、首から上がヤギの男に“成功”を約束されたというエピソードはユーミン自身が体験したものだという。
「人智を超えたエピソードですよね。ごく最近になって明かすようになったそうです。音楽ファンならロバート・ジョンソンを連想する逸話。桁違いに巨大な才能は、何かと引き換えに成立するのかもしれないと、妙に納得しました。畏怖の念を持って、幻想的に描いています」
イギリスのロックバンド、プロコル・ハルムが1967年に発表した『青い影』に衝撃を受けた由実は、作曲家になりたいと思うように。そして、初めて作った『マホガニーの部屋』を録音。そのテープを聴いたレコード会社の社員が「新しい」と感じたことから、思わぬ形で歌手としてのデビューが決まる。
「あまりに斬新な音楽だったゆえに、既存の歌い手ではフィットする人がいなかった。この新しいタイプの曲を歌えるのは彼女しかいないと、シンガー・ソングライターとして自分が歌う形でデビューすることになります」
その後1973年、荒井由実のファーストアルバム『ひこうき雲』が完成する。ここで物語は終えるのだが、完成した小説を読んだユーミンからの直しは、ほとんどなかったという。
「些末なことは気にせず、任せた人に委ねられる。大物の証しだなぁと思いました」
才能の賞味期限が短い傾向にある音楽界にあって、若くしてデビューしながら現在も活躍し続けているユーミンは、
「音楽ジャンルを開拓したオリジネーターであり、女性がスーパースターになるという偉業を達成した人。責任持ってユーミンというブランドの“のれん”を守り、ファンのために尽くしている」
と山内さんは感じたそう。
「執筆も佳境に入ったころ、コンサートに行かせてもらい、1曲目の『翳りゆく部屋』を聴いた瞬間、あの由実ちゃんがこんな大舞台で…と感涙。この小説を書くことで改めて、ユーミンという存在を敬愛するようになりました」
本書で由実ちゃんがユーミンになるまでの軌跡を描き切った山内さんは、そう言って微笑んだ。
『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』(マガジンハウス/税込み1980円)
<取材・文/南陀楼綾繁>