待ち続ける人生

 自分より、家族を支えてほしいという正彦の願いから、ようやく文子の支援に辿り着いた。

 孤独な生活が苦しいという文子に、加害者家族が集まる会に参加してもらったこともあったが、あくまで「冤罪者の家族」という立場を貫く文子にとっては居場所にはならなかった。

「受刑者の家族であることに違いはありませんが、やはり、夫は無実ですので加害者家族とは立場が違います」

 文子の願いは正彦が戻ってくることでだけであり、文子の孤独を埋められる存在は正彦以外にはいないのだ。

 正彦は裁判で無罪を主張してきたが、冤罪の可能性を指摘する報道は一切なく、家族の証言も記録には残っていない。正彦は、犯行現場とされた場所を一度見てもらえば、捜査側の主張の矛盾にすぐ気が付くはずだと話していた。事件があったとされた日、前日の大雨の影響で犯行現場とされた場所の地面はぬかるんでおり、とても車が入れるような状態ではなかったというのだ。

 私は文子に案内してもらい、ある新聞記者と一緒に事件現場まで足を運んだが、道路は完全に舗装され、もはや当時の様子がわかる状況ではなかった。

 生活保護を受けて暮らす文子には、遠方に収監されている夫に会いに行く交通費の捻出は難しく、最後の面会からすでに8年が過ぎている。孤独になればなるほど、現実逃避として、1日でも早く事件以前の生活を取り戻したいという望みだけが彼女を支えている。

「あの日、主人がすき焼きにしようと言って、買い物に出かけようとしたところに警察が来たんです……」

 文子の願いは、再び家族三人で食卓を囲むことだけである。

「これまで十年以上、夫を待ち続けてきましたし、これからも待ち続けます」

 文子の願いが叶えられる日が訪れるのか……。現在は全く見えないが、家族を支えていきたいと思う。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
 NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて、犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書家族が誰かを殺しても(イーストプレス社、2022)『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。