“生きたお金”で手に入れた理想の寄席
お金への執着が薄く、右から左へと使い倒してしまう好楽の手綱をぎゅっとにぎっていたとみ子夫人。好楽に「生きたお金を使いなさい」と口を酸っぱくして言い続けていたという。
「元来、父親はお金がなくてもいい人で、住むところだって四畳半で大丈夫。売れなくても落語界にいることが好きな人だから。今のようになれたのは正蔵と、円楽両師匠と母親のおかげですね」と王楽も母親なしの好楽は成立しなかったと断言する。
2013年1月2日、東京・台東区の池之端に、好楽が席亭を務める寄席『池之端しのぶ亭』が開場した。
「かみさんに打ち明けたのはその10年前。寄席をつくりたいんだよ、って。候補物件が出ると見に行きました。日暮里駅近くにある、というので行ってみたらラブホテルで、ピンクのベッドにピンクのシャワー室。
いくらあたしがピンクの着物だからってこれは無理だ。その後、お寺さんが持っている土地に建てる、と話が進んだんだけど借地だったのでこれも諦めた。そんなときに池之端の物件情報が来ました。南側は神社で家は立たない。日当たりもいい。理想的でした。先に交渉していた人が下りたので、店を閉めていた中華屋さんを壊して地鎮祭をして」ととんとん拍子で話は進んだ。
その一切を支えたのがとみ子夫人。元銀行員という才気と長きにわたる家計の裁量のおかげで、好楽は借金をすることもなく理想の寄席を手に入れることができたのである。
1階に寄席、2階に好楽、3階には22歳と20歳の2人の孫娘が住み、好楽を見守る。
「孫娘の次女が器用で、ごはんを作ってくれる。掃除も洗濯もやってくれる。ありがたいですよ」と「家事は一切できない」(王楽)好楽を、とみ子夫人の代わりに支える。
「私がやることは、月水木のゴミの日に出すことと、食器の洗い物。私が酔っぱらって帰ってお金を投げ出しておくと、『生きたお金を使ってね』ってかみさんと同じことを言う。やな孫だね」
と好楽は嘆くが、その表情はおじいちゃんそのものだ。
1階の『池之端しのぶ亭』の収容人員は35人。一門の弟子をはじめ、落語協会、落語芸術協会、立川流の芸人も垣根なく出演できる。鶴瓶が「今日、貸してください」と急に連絡をよこし、サプライズ落語会を開催したことも。
「近くに忍岡小学校があるんですが、子どもたちがここで落語を聞くんです。うちの若い弟子2人がしゃべるんですが、私が最初に出て行って『好楽おじちゃんだよ』ってあいさつする。近所を歩いていると、みんな手を振ってくれますよ」
昨年12月に文化庁長官表彰に選ばれたが、長年にわたり落語家として活動したことと同時に、『池之端しのぶ亭』を開場し後進の育成に努めていることなどが評価された。