日本より重要視されるバレンタインデー

 ブラックデーというやや自虐的なイベントは、バレンタインなどに対するカウンターカルチャーのようなものかもしれない。日本ではチョコレートを贈り合う日として定着しているバレンタインだが、韓国では“恋人たちの日”として、日本以上に大事な記念日として過ごされている。

「もちろん、女性が片思いの相手に思いを告げる日という側面もありますが、それ以上に“恋人を大切にする日”という捉え方をされています。ホワイトデーも同様で、花やぬいぐるみなどのプレゼントをギュッと詰め込んだ大きなバスケットをプレゼントしたり、ドラマのような豪華なサプライズを演出する人も。街中に幸せな雰囲気があふれる中で、そういった盛り上がりに乗ることができずに寂しい思いをした人たちのために、ブラックデーが生まれたのかもしれませんね

 中には、ブラックデーに意気投合し、新たなカップルが生まれることも。

「基本的にはブラックデーは孤独な男性同士が慰め合うといった雰囲気の自虐的な記念日です。ただ、意中の女性に“一緒にジャージャン麺を食べよう”と誘う口実になったり、同様に黒い服を着てブラックデーを楽しんでいる女性に声をかけたりして、新たな出会いのきっかけになることもあるようですね」

韓国では毎月14日にイベントが続く

 韓国では毎月14日に何かしらのイベントが続く。翌5月14日は「イエローデー」と呼ばれ、ブラックデーでも恋人ができなかった人たちが黄色い服を着てカレーを食べる日だ。その日にカレーを食べなければ、恋人をつくることができないという、ジンクス的な意味合いも。

「恋人たちにとっての5月14日は“ローズデー”というバラを贈り合う日です。バレンタイン、ホワイトデー、ブラックデーほど認知度は高くありませんが、毎月14日は、それぞれ意味が込められた恋人同士の記念日という認識はあるようです。韓国ではカップルで過ごす記念日をとても大切にする文化があるので、そういった意味でもブラックデーは孤独を楽しむ特殊な記念日といえるかもしれません」

 日本ではこの10年ほどのあいだに一気に普及した“ぼっち文化”。近年人気のソロキャンプや、ひとりカラオケ、ひとり居酒屋、といったソロ活を楽しめる場や文化は着実に醸成されつつある。「ぼっち」の語源である「独りぼっち」は、もともとは宗派や教団に属さない「独法師」が転じた言葉だ。かつてはクリスマスを独りで過ごす「クリぼっち」や、学校で孤独にお弁当を食べる「ぼっち飯」といったネガティブなニュアンスもあったが、近年は“ひとり”を肯定的に楽しむニュアンスが込められるようになっている。一方で、韓国では日本ほどは“ぼっち文化”は浸透しておらず、ひとりでの行動に対する制限も多い。

韓国では、食事はみんなでワイワイ楽しむものという意識が依然として強く根付いており、基本的には他人とともに複数で行動することが好まれます。いわゆる“おひとりさま”はちょっと変わり者で何か事情がある人と見られてしまう雰囲気もあり、ひとりで気軽に外食ができるお店もそれほど多くはありません」

 ところがこの状況は近年少しずつ変わりつつある。さまざまなことを「ホン(ひとり)」で楽しむ「ホン族」という言葉も生まれているようだ。

「日本のドラマ『孤独のグルメ』は韓国でも大きな話題を呼び、“ひとり飯なのに楽しそう”といった感想も多かったようです。近年は韓国でもホンパプ(ひとり飯)、ホンスル(ひとり酒)といった新しい言葉が誕生していて、ひとりの時間をゆったりと過ごしたいという潜在的なニーズはコロナ禍以降さらに加速しているように思います。どれほど定着するかは未知数ではありますが、日本と同様におひとりさま文化が広がる可能性は十分にありそうですね」

 いつの時代も“ひとり”には寂しさがつきまとう。一方で、それゆえの自由さや楽しみが表裏一体としてあるのも事実だ。“ぼっち”たちの祝宴であるブラックデーは、人付き合いに疲れた現代の日本人にとっても貴重な日となるかも。

<取材・文/吉信 武>