寄席芸人として80歳くらいまでやりたい
会場の一角には、一般客と同じようにライブを楽しんでいるねづっち夫人の姿もあった。ねづっちを支える、最重要人物だ。毎朝の動画撮影はいうまでもなく、ねづっちに漫談ネタを提供することが多いからだ。鬼嫁っぽいネタに客も笑い、夫人も笑っているが「奥さんも恩人です」と、ねづっちは頭が上がらない。
「最初から面白かったですよ。1つ上で知り合って、3か月後に3つ上だって告白がワンクッション入って、半年後に『3つ上でもないんだよね』。免許証見たら6つ上だった。何でクッション入れたの、と聞いたら、『女心だろうが』とキレられましたけど、怒るのは僕のほうですよね」
家事は「洗い物ぐらいですね」と夫人におんぶに抱っこで、夜になると2人だけの晩酌が日々の楽しみだという。
「うちに帰って奥さんと飲むから外では7割ぐらいで、3割余力を残して帰る」と話すのは、前出・元TBSアナの浦口さん。
「仲よくないと愚痴をネタにできない。奥さんも会場で見ているんだもん。穏やかだし、カリカリしないし、よく笑う人だし、きれいですよ。年齢よりも、ずっと若く見える方です」
4月末には2泊3日で金沢旅行に行き、その様子は身辺雑記風のネタとして5月のライブで披露された。
「夜中の2時に、部屋のドアをノックする人がいる。誰だろって嫁に言ったら、どこにもいない。出てみたら嫁がいて、寝ぼけてトイレかと思ってドアを開けたら廊下で、オートロックかかっちゃったみたいでさぁという」
妻のことを観察し、面白おかしく伝えられるところに、ねづっちの視線の愛を感じるばかりだ。
かつて、ハチャメチャな生活の体現者のように見られた芸人だが、今そのように暮らす人はほぼいない。
「穏やかで温厚でまじめですね。芸に対して勤勉。お笑いが本当に好きなんだろうと思いますね」という前出・元TBSアナの浦口さんの見方も、「まじめでコツコツやるタイプ」と言う『ナイツ』塙の見方も、ねづっちの芸に対する真摯な姿勢を物語る。
「ねづさんをゴルフに誘ったのは僕です」という『ナイツ』土屋も、性格が出るゴルフプレー中のねづっちについて「イライラしないですね。精神的に大人というか落ち着いている。再現性のスポーツだから安定したフォームが大切。ねづさんの漫談のフォームが安定しているのも、性格が出ているのかもしれませんね」
自身も「コツコツ型ですね」と自己分析するねづっちに、大きな野望は似つかわしくないが、「全国ツアーやりたいんですけどね。ソロで」と打ち明ける。と同時に、寄席芸人として年を取ることを自分の将来像に重ね合わせる。
「健康で、寄席芸人として80歳くらいまでやりたい。そのころにはだいぶ衰えているので、お題をもらって10分ぐらい考えて、お客さんに『おせぇよ。どこが即興だよ』とか言われながら、15分の持ち時間で1個しか謎かけをしない。おじいちゃんになったら、それも許されるんじゃないですかね」
<取材・文/渡邉寧久>
わたなべ・ねいきゅう 演芸評論家・エンタメライター。文化庁芸術選奨、浅草芸能大賞などの選考委員を歴任。ビートたけし名誉顧問の「江戸まち たいとう芸楽祭」(台東区主催)の実行委員長。東京新聞、デイリースポーツ、夕刊フジなどにコラム連載中。