運命に従ってノーストレスに

『寒山百得』の次に考えていることや、やりたいことはあるのだろうか。

「今描いているのは記念写真を絵画にするという絵ですが、僕には『やりたいこと』ってないんですよね。ぜんざいが食べたいとか小さなものはありますよ(笑)。昔から僕がやりたいということはなく、常に向こうから要求されたものに対応してきた。運命に全部従ってきたんですよね。今回の展覧会も依頼してくれなければ、たぶんやれなかったと思います」

 運命に従うことが、生きやすさにつながるという。

「みんなね、自分の人生に満足しないで『もっといいことがあるんじゃないか』『何か変わったことができるんじゃないか』っていろいろ開拓していく。これもいいことなんですが、そこには悩みや苦しみや怒りといったものが同時についてくるんです。ところが外部から与えられるものはそういうものがない。だからストレスがないんですよね。そういう意味では、僕は精神的に健康かもしれませんね」

 まさに仏教の「悟り」の境地。日々の献立や節約、家族のことで悩み、もがいているわれわれにとって、横尾さんの運命に逆らわず自由に生きる「寒山百得」的なスタイルは、きっと救いになること間違いなしだ。

『横尾忠則 寒山百得』展
中国、寒山寺に伝わる風狂の僧・寒山と拾得。絵画や小説のモチーフとして好まれてきたその二人を、横尾忠則独自の解釈で描いた、すべて完全新作101点の絵画を一挙初公開する展覧会。2023年9月12日(火)〜12月3日(日)東京国立博物館・表慶館にて開催。また、会場の東京国立博物館では展覧会に合わせて特集『東京国立博物館の寒山拾得図―伝説の風狂僧への憧れ―』を本館特別1室で同時開催予定。こちらは11月5日(日)まで。https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kanzanhyakutoku

横尾忠則(よこお・ただのり)●1936年兵庫県生まれ。美術家。'72年にニューヨーク近代美術館で個展。その後も世界各国の美術館で個展を開催する。兵庫県立横尾忠則現代美術館、香川県に豊島横尾館開館。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、など表彰多数。日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。

(取材・文/高松孟晋)