洗脳から覚めるも、お金は戻らなかった
長く続いた洗脳が解けたのは、歌のおかげだった。
洗脳されている間、マリはほとんど仕事をせず修行をして過ごしていた。Aはマリが工面したお金から、生活費をマリに渡していたので、日々困ることはなかった。だが、いよいよお金が尽きるとAはマリを歌の仕事に復帰させる。
そうして外の世界と触れたことで、マリの心に変化が起きたのだという。
「舞台で歌って、お客様から温かい拍手をいただく。それを何度もくり返しているうちに、なんか違和感を覚えるようになったんですね。Aたちといると居心地がよくて、なんでもわかってくれる仲間だと思っていたはずなのに、そっちが違う世界なんじゃないかと」
決定打になったのは、Aと始めたダイエット教室での出来事だ。
修行中に体重が増えたマリは歌手として復帰する前にダイエットをした。その成果を本に書いて生徒を募ったのだが、入会金として集めた2000万円をAが持ち去ってしまったのだ。
「自分を信じて入会金を払ってくれた生徒さんたちに申し訳ない……」
そう感じて、マリは心の底から怒りが湧いてきた。
そんなとき、Aから再び電話がかかってくる。
「また、お金を送って」
「ざけんなよ!!」
受話器に向かって怒鳴りながら、マリはやっと目が覚めた─。
警察に相談してもお金は一円も返ってこなかったが、家族の絆は取り戻すことができた。子どもたちは成長すると早々に家を出てしまい、それ以来断絶状態だったが、マリの洗脳が解けると交流が復活したのだ。
「娘には『あのときは形相が変わっていた』って言われました。お母さんは頑固だし何を言っても聞かなかったと。だけど自分の力で戻ってくると、信じて待っていてくれたんですよ。普通なら、もう親子の縁を切られてもおかしくないのに……。本当に感謝しかないです」
しばらくしてマリは年下の男性と再婚したが、数年で離婚。その後は、仕事をしながら、高齢の両親の面倒を最後までみた。
人気バラエティー番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に出演して、話題になったのは8年前だ。マリは「洗脳されて5億円失っちゃった先生」 として、2回に分けて熱い授業を行ったのだが、最初は「出演を迷っていた」と、前出のマネージャーの加藤さんは明かす。
「洗脳に関しては、それまでも、いろんな週刊誌とかに取材されて話してきたけど、曲がって伝わっちゃうから、『もうイヤだ』という感じだったんです。マリさんは家族を心配してのめり込んだのに、宗教が好きでハマったみたいに書かれたりしたから。
だけど、しくじりのスタッフは、本当に真摯に話を聞いてくれて、マリさんもここまできちんとやってくれるなら、何も隠すことはないと言って、出ることにしたんです」
番組の中でマリは自分がだまされた手口を事細かに教え、洗脳される恐怖を伝えた。そして、信じて待っていてくれた家族への感謝を涙ながらに語ると、すさまじい反響があった。多くの視聴者から「神回」と称賛されたほどだ。
マリは改めて、家族の支えの大切さを訴える。
「家族が洗脳されて苦しんでいる人は今もいるかと思います。でも、家族が諦めたら終わり。いつか気がつくときがくると、信じてほしいです。どこかに洗脳を解くカギがあるはず。絶対はないかもしれないけど、あると信じたいです」