夫人のヤバ発言は苦労してきた証
そんな夫人とて、最初から強かったわけではないのです。1978年に発売された「デヴィ・スカルノ自伝」(文藝春秋)で、夫人は貧しい生い立ちを打ち明けています。貧しさは人からチャンスを奪います。お金がないから進学できない、学歴がないから安定した職業につけないというように、本人の能力に関係なく、人生の選択肢がない状態に追い込まれてしまうのです。夫人も高校進学をあきらめています。しかし、美貌と語学力を武器に、お母さんと弟を養うために外国人専門のナイトクラブのホステスになります。同書によると、10代の若さで昭和30年代に月100万円の給料をもらっていたというのだから、相当な売れっ子だったとわかります。けた違いの財力を持つ、かなり年上の外国人の既婚男性に生活の面倒を見てもらい、プリンセスのように扱われる一方、寝室では男性の「忠実な生徒」だったと書いてあります。そこで知り合った人からスカルノ大統領を紹介され、大統領夫人への道を歩み始めるのです。
同書は大分昔に書かれたものですから、今の価値観と比較してあれこれ言うのはフェアではないと思います。しかし、美と性と己の才覚で貧困から脱し、大統領夫人にまでなった夫人にとって、性は資本かつ武器だったことは間違いないと思います。性加害の問題を「それくらい」扱いし、権力のある男性(加害者)の味方をするのは、性という資本で現在の地位を築いた夫人から見れば、被害を訴える人はそれを有効活用できなかったという意味で、“敗者”に見えるのかもしれません。この他にも夫人はバラエティ番組で「不妊は中絶が原因」と発言し、大炎上したことがありました。言うまでもなく医学的根拠のない発言ですが、これもまた、性をコントロールできなかった女性への冷笑なのかもしれません。
しかし、これは夫人の個人の性格とも言えないところがあります。弱い立場から脱却した成功者なのだから、弱い人の気持ちは誰よりもわかるはず・・・と言いたいところですが、実は同じ経験をしたからといって共感が深くなるとは限らず、むしろ冷淡な態度を取りがちなことが、心理学の実験でわかっています。苦労をした人ほど、自分が乗り越えられたのだから、あなたもできるはずと思いこみ、相手への共感やいたわりが薄くなってしまうそうなのです。
夫人がテレビの世界で重宝されてきたのは、極貧から大統領夫人への転身というフィクションの世界でしかないようなプロフィールがテレビ映えするからでしょう。親ガチャという言葉が示すとおり、親の経済力で人生が決まってしまうと言っても過言ではない時代を生きる若い世代には、夫人のバイタリティは大きな希望に見えると思います。現在のエンタメ界は「人をイライラさせること」にシフトしていますから、程度にもよりますが、夫人のような問題発言を何度もしてくれる人というのは、実は助かる部分もあるのではないでしょうか。夫人の性加害に関する発言がヤバいことは言うまでもありませんが、裏を返すと夫人がそれだけの苦労を経てきたことの証かもしれず、オトコ社会の煮こごりを見せつけられる気がするのでした。
<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」