日本人は障がい者に“慣れ”がない。半面、乙武洋匡に対しては“慣れ”がある。皮肉といえば皮肉だが、「だからこそ、自分にしかできないことがあるのだと思い、もう一度、のこのこと出てきたところがあります」と語る。

本を出したことも当初は後悔したくらい

 乙武さんはロボット技術を用いた義足プロジェクトに挑戦し、その内容は著書『四肢奮迅』(講談社)に詳しくまとめられている。2022年は、117メートルの歩行に成功した。

「私自身、なんでこんなに身体を張っているんだろうと思っているのですが、やはり私がやるからこそインパクトも生まれるし、メディアも取り上げる。私にとっての仕事の判断基準って、先述したように私にしかできないことか否か。求められているのなら、その期待に応えたい

 とはいえ、25年である。社会の木鐸の役割を担い続けることに疲れないのか?

もう疲れ切っています、ハハハ。そもそも、本を出したことだって、当初は後悔したくらいですから(笑)。聖人君子として扱われることに窮屈さを感じており、わざと露悪的な態度を取ることで、世間が抱く“乙武クン像”を否定したい時期もあった

 本当は若手に席を譲って、「毎日ワインを飲んで、ゆっくりしたい自分もいる」と打ち明ける。一方で、スキャンダルによって40代を棒に振ったという思いもあるという。

「私としては、40代って人生でもっとも脂が乗っていて、働き盛りの年代だと思っていました。しかし、思うような働き方ができなかったという意味では……まだ残り3年ありますが、不完全燃焼なんです。だから、まだ人前に出ていたい気持ちもあります。そうした思いと、そろそろ他の人に任せてもという思いがせめぎ合っています

 時折、乾いた笑いが響く。だが、乙武洋匡によって、障がい者のイメージは間違いなく変わった。ツイッターにおけるユーモアたっぷりのつぶやき、あるいは冗談にならないようなハロウィンの仮装─。

 彼の言動は、「障がい者は」と主語を大きくしがちな社会に対して、人それぞれ、つまり個人のアイデンティティーを尊重すべきだと教えてくれる。

「アイデンティティーは進化するものだと感じています。私は、ずっと孤独だった。障がい者として、マイノリティー属性として、私のような立ち位置で活動してきた先人が国内では見当たらなかった。

 そのため、自分をどうプロデュースして、どういった判断をすればいいのか、参考にすべき事例もなければ、相談できる相手もいませんでした。自信がなかったわけではないのですが、やはり不安で孤独でした」