目標は東京オリンピックで聖火ランナー
当面の目標は、2021年開催の東京オリンピックで聖火ランナーを務めること。パンデミックによるステイホーム期間を“力を蓄える貴重な時間”と捉えた。目標があると、前向きにリハビリに取り組むことができる。「今週はあれをしよう」「今月までにはこれをしよう」と小さな目標を立て、それをクリアするのを楽しみながらリハビリに励んだ。
豪太さんも住み慣れた神奈川県・逗子を離れ、一家で札幌に転居してきた。時にリハビリに付き添い、10m、20mと歩行距離を延ばしていく。
2021年6月、片手にストック、片手にトーチを携えた雄一郎さんは、富士の5合目から150mの距離を聖火でつないだ。
「要介護4となった私にとって富士の5合目に立つことは、かつてエベレスト登頂を目指したチャレンジに匹敵する大きな目標でした。それを達成して記者会見の場を設けていただいたとき、『次は富士山に登ってみたいです』と答えたんです」
今まで雄一郎さんはひとつの遠征が終わると、すぐに次の冒険を目標に掲げてきた。次は富士登頂だと口にしたが、いきなりだとハードルが高い。そこで、中間目標として、スキーで札幌の手稲山を滑降すると決めた。雪山は平地を行くより筋力とバランス感覚が必要になる。
ここで、活躍したのが「デュアルスキー」だ。これは、スキー技術がなくても座ったまま滑ることができるスキーのことで、後ろでもうひとりのスキーヤー(有資格)が操作をしながら滑る。
手稲山で雄一郎さんは、2本のノルディックポールを手に左右のバランスを保ち、疲れてきたらデュアルスキーを使いつつ、目標を達成した。
驚異の回復力に、手術を担当した医師がもらした言葉を豪太さんは今も覚えている。
「『あまり医者が奇跡という言葉を使いたくはないのですが、雄一郎さんの回復はそういったものに近いですね』とのお言葉をいただきました。頸髄硬膜外血腫は程度の問題もありますので、若かったり、そこまでひどくない方だと完全復帰するケースもあるんです。けれど、父の場合は完全に神経が遮断された状態だったので……」
はたから見れば奇跡のような現実を引き寄せたのは、雄一郎さん本人の努力も大きい。10年後輩の北海道大学山岳部OBで、三浦家とは家族ぐるみのお付き合いを続けている弁護士の上野八郎さん(81)は語る。
「三浦さんは努力もすごいし、意志も強いし、めげない。そして、驕らないんですよね。私は弁護士として脊髄損傷した方の案件も数多見てきましたが、三浦さんの回復力は驚異的なんです。
かといって物事に固執しない柔軟なところもあってね。だから今までの遠征も多くの人がサポートしてきたし、今回の富士山もそうでしょう。カリスマ性があるんですよね。私はDNAが人とは違うんじゃないかと思っています(笑)」