駅のホームの一角には喫煙コーナーが設けられ、線路は投げ捨てられた吸い殻だらけ。都市部では通勤ラッシュが深刻な社会問題となっていたが、女性専用車両などもちろんなかった。
「男女雇用機会均等法が成立したのもこの年。男性に比べ、まだまだ女性の立場が弱かった時代です。セクハラという言葉も存在せず、ゴールデンタイムのバラエティー番組で“おっぱいポロリ”なども当たり前でした」
将来への不安は今のほうがずっと大きい
ゲームが“子どもだけの遊び”でなくなったのもこのころ。'85年に発売されたファミコンソフト『スーパーマリオブラザーズ』は、子どもはもちろん20代、30代にも人気を集め、世界中で4020万本を売り上げる大ヒット商品となった。
そんな時代の真っただ中を生きていたのが、この年の流行語にもなった「新人類」。
1960年以降生まれの大学紛争を知らない若者らのことで、オタク文化などサブカルチャーを牽引してきた。戦中・戦後を生き抜いた上の世代から「無気力」と指摘されてきた彼らも、いまや還暦を過ぎた。
阪神初優勝の年に発売されたショルダーホンは、38年の時を経てスマートフォンとなった。あらゆるものが進化を遂げた今、それでもあのころほどの豊かさを感じられないのはなぜだろう。
「物質的には恵まれていても、人と人とのつながりなど、ぬくもりが感じられるものが当時に比べてどんどん削り落とされています。効率主義に走りすぎている気がしますね」
街の様子もこの間にずいぶん変化した。都市部はどこもかしこも再開発。古い建物は取り壊され、味わいのある街並みは次々と姿を消していった。その跡地には、清潔で無機質な建物が立ち並ぶ。
「例えば表参道もそのひとつ。再開発で同潤会アパートがなくなり、'06年に表参道ヒルズが開業したときにNHKからコメントを求められたけど、あまり褒めなかった(笑)。スクラップアンドビルドでこんなふうに日本の文化をどんどん壊しちゃうのは、賛成できないな」
銭湯研究家でもある町田さんは、入浴料金の推移にも着目する。銭湯の入浴料金は「物価統制令」によって都道府県ごとに決められており、'85年当時の東京では260円。今は2倍の520円となっている。
しかし厚生労働省がまとめた平均所得金額を見ると、'85年当時の493万円に対し、'21年では549万円とわずか1.1倍の増加にとどまる。この38年間の物価の上昇に、所得の上昇がまったく追いついていないのだ。
「あのころは消費税もなかったし、将来への不安は今のほうがずっと大きいと思います。そう考えると今回の道頓堀川への飛び込みはどこか、こんな世間に対する憂さ晴らしのようにも見えますね」
今年、ある民間企業がZ世代を対象に「日本社会の未来に希望を感じるか」と調査を行ったところ、75%が「感じない」「あまり感じない」と答えた。
次回の阪神の「アレ」ははたして何年後か。そのとき日本は、希望が感じられる国になっているだろうか。
取材・文/植木淳子