最初の発信は掲示板に張り出していた“書”

大阪・専念寺住職、籔本正啓さん(撮影/矢島泰輔)
大阪・専念寺住職、籔本正啓さん(撮影/矢島泰輔)
【写真】妻の綾香さんと付き合い始めた頃のツーショット

 それが2019年3月のこと。まず発信したのは、掲示板に張り出していた“書”だった。SNSも、ネット上の掲示板のようなもの。そこに“猫”の要素が加わった背景については、こう語る。

「結婚当初、私は本山の仕事も手伝っていたため、泊まりで家を空けることが多かったんです。妻が“お寺に1人でいるのが怖い”と言い、彼女は実家に猫がいたので、じゃあ飼おうと。里親募集のタイミングもよく、迎え入れることになりました」

 藪本さん自身は、もともとは猫にいいイメージは抱いていなかった。

毎朝夕、地域の猫にごはんを配る内山さん(撮影/矢島泰輔)
毎朝夕、地域の猫にごはんを配る内山さん(撮影/矢島泰輔)

「うちの地域は、猫の交通事故やいわゆる“猫害”がすごく多かったんです。寺も柱を引っかかれたりお供え物を食べられたり、糞害もあったり。“困った子たちだなぁ”と思っていたほどでした。 

 でも、実際に飼い始めて違った一面に気づきました。猫って、仏教的な存在なんですよ。人との距離感をすごく大事にします。その姿勢から学ぶことは多いですよ。加えて、猫を飼い始めてから『さくらねこ』という地域猫活動の存在を知りました。簡単に言うと、猫が増えすぎないようにする活動ですが、猫に餌をあげていると“猫を増やしている”と誤解されることも多い。正しく伝えて広める必要があると思いました。そこでSNSで書を発信する際に猫の写真と『さくらねこ』の情報も添えるようになりました」

猫を撮影する際は距離をとって(撮影/矢島泰輔)
猫を撮影する際は距離をとって(撮影/矢島泰輔)

 同じ地域で『さくらねこ』の活動を行っている内山たかこさんが、説明してくれた。

「野良猫が増えないようにするための活動として、TNRというものがあります。T=トラップで捕獲して、N=ニューター、すなわち去勢・避妊手術を施し、さくらの形に耳をカットして、R=リターン、猫を元の場所に戻す。これによって野良猫が増えるのを防げますが、手術を施された猫たちは“その代限り”の命になる。それならせめて、生きているうちは寝床やごはんを用意して、幸せに生きてもらおう、という思いが地域猫活動の根底にあります。決して、猫をいたずらに可愛がって増やすものではないんです」

光明寺の副住職・中村有希さん(撮影/矢島泰輔)
光明寺の副住職・中村有希さん(撮影/矢島泰輔)

 こうした活動を広め、寺のことも知ってもらうためSNSを活用している籔本さんについて、隣町の八尾市にある光明寺の副住職・中村有希さんはこう語る。

「私は大学生のころからお寺の仕事をしているのですが、当時からインスタグラムやTikTokを使ってお寺のことを発信していました。その中で、同じようにSNSを駆使している専念寺さんを見つけたんです。2年ほど前、たまたまお寺の前を通ったときに、思い切って挨拶させてもらい、今年5月ごろには“コラボ御朱印会”をやらせていただきました。

 籔本さんの御朱印がとても人気なのはSNSで知っていましたが、当日、その様子を初めて目にして、最後の1人まですごく温かく話していたのが印象的でした。参加されたみなさんが、御朱印を書いてもすぐには帰らないんです。籔本さんと話したいから近くにいらっしゃったり、“御朱印仲間”で談話されてたり、SNSを通じてそうしたコミュニティーを作っていることは、すごいなと思いました

 同業者だからこそわかる籔本さんのすごさがあるという。

「観光客が来るような寺じゃないと、人を呼ぶのって、すごく難しいんです。専念寺さんは、門のところにかわいいデザインのおみくじや絵馬なんかを用意していて、“中に入りたいな”と目を引くように工夫されているのを感じます。ほかにも、きれいな迦陵頻伽(仏教画)をキャッチコピーにするなど、お寺の魅力をすごく上手に発信されていると思います」

 妻の綾香さんは、SNS活動においても籔本さんにとって良きパートナーだという。

「妻に書を見せて、“意味がわからない”と言われたらボツにして、“わかる”と言ってくれたら採用しています。私はどうしても文章が堅くなりがちなので、妻の反応は参考になりますね。彼女は仏教にもそれほど興味がないのですが、それがいいんです。仏教に詳しくない人でもわかる言葉にしたいので。まあ、SNSに“いいね”やコメントくらいしてくれてもいいのに……とは思いますが(笑)」

 籔本さんは、この半年間が自身の大きな成長につながったと語る。

「SNSのフォロワーさんが一気に増えて、こうやって取り上げてもらえるようにもなりました。本来の目標である“寺の本堂再建”に近づけているのはうれしいです。一方で、家族のことをなおざりにしないようにとか、いろいろなバランスを見定める大切さにも気づけました。ひとつのことが成功すると、人間はついそっちを向いてしまう。でも、私には家族がいて、寺がある。いい意味で“中立”でいることを学べた半年間だったと思います。今までは何でも1人でやっていたのを、現在は知り合いを雇って、御朱印は若い子にも手伝ってもらうなど、背負い込みすぎないことも覚えましたね」