許し合える心の美しさを息子に教えられた
一方で、「ハッピーだけでは語れないリアルも伝えたほうがよいのでは」という思いも生まれている。モデルとしてCM出演もするカイトさんだが、メディアへの露出が増えて注目が高まるがゆえに、不本意な感情に晒される経験もしてきた。
「“出る杭は打たれる”ではないですが、カイトが目立つことで心ない言葉を受けることもありました。それは彼が水泳に向き合う気持ちにも影響し、試合の前に涙を流すようになって。深夜、暗い部屋で引退会見の練習をしていたこともあります。
こんなにつらい経験をしてまで泳がなければならないのかという疑問と、ここで負けないでほしいという思いで葛藤しました」
同じ気持ちを共有できると思っていたダウン症者の家族からネガティブな言葉をかけられることもある。怒りで言い返したくなる場面もあるが、止めるのはいつもカイトさんだ。
「一番嫌な思いをしているはずなのに、本当に平和主義なんです。カイトから、人を許すことを学びましたし、人として“美しい”とはどういうことかを教えられました。
カイトが泳ぐために生まれてきたとは思いません。でも、ダウン症者として生まれ、水泳で世界をめざしているカイトはきっと何かを担っている、だから何があってもそばで応援しようと決めています」
そんな困難を乗り越え、カイトさんは、3月にトルコで開催される「世界ダウン症水泳選手権」へ出場。初日となる3月21日の「世界ダウン症の日」には、最も得意とする背泳ぎのレースに挑む。
「元気に見えても、ダウン症ゆえの健康リスクは常に背負っています。身体は健常者であればすでに30歳を過ぎた状態。いつも“これが最後の大会かもしれない”という気持ちで挑まねばなりません。
カイトは、日頃から“ヒーローになりたい”と言っていますが、彼の夢が叶うことがダウン症スポーツの発展にもつながるはず。応援をよろしくお願いします!」
取材・文/河端直子