「三途の川まで行った感じがあったけど、ICUのナースがめっちゃイケメンで。“死んでる場合じゃない!”って」
そう言って大笑いするのは、漫画や小説などの執筆業で多くのファンを持つ歌川たいじさん(58)。ゲイであることをカミングアウトし、40代で漫画家デビュー。パートナーとの日々をコミカルに描くブログ『♂♂ゲイです、ほぼ夫婦です』は1日10万アクセスを記録し、絶賛更新中だ。
作家・歌川たいじさんを襲った大病
そんな彼を昨年、大動脈解離という大病が襲った。日曜の夜、自宅で作業していると突然、胸のあたりで“プチン”、それに続いて“ジョワン”という音がしたという。
「これはヤバいってすぐ気づいたので、激痛のなかで自分で救急車を呼んだんです」
そのときトイレに入っていた、同居しているパートナーのツレちゃんが振り返る。「助けて」と呼ぶ声が聞こえて出ていくと、胸を押さえて床に転がっている歌川さんがいたという。
「保険証とか、必要なものを手に持って“救急車はもう呼んだから”って言って。でも、これ言うとみんな笑うんですけど、若い男性の救急隊の方が来たら、それまですごく痛そうだったのに、品定めするような目でしばらく見てました(笑)」(ツレちゃん)
そして病院に到着するも、そこでは手術ができず、近辺の病院も軒並みNG。発症後すぐに危険な状態となり、1時間たつごとに10%ずつ致死率が上がるといわれている病気だけに、歌川さんも“もうダメかもしれない”と思ったという。
「でもそうなると、意外と腹が据わっちゃうものなのよ。で、“ああ、PCだけは小渕優子みたいにドリルで消しておきたかったけど、それはもう無理なのか”とか考えてました」(歌川さん)
なんとか病院が見つかり、7時間に及ぶ大手術の末、無事生還。冒頭の言葉のように、麻酔からさめてイケメンナースとご対面、となった。
こんな生死に関わる体験でも、カラッと明るい。周りの人すべてを笑顔にするその姿は、究極の陽キャに見える。だが実は、幼少~少年期に壮絶な虐待を受けた、虐待サバイバー。その体験を綴った、'13年発表のコミックエッセイ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』は大きな反響を呼び、'18年には仲野太賀主演で映画化もされた。老若男女、セクシュアリティーを問わず多くの人々から支持される歌川さんが、現在、力を注いでいるのは講演。“逆境力”をテーマに、全国で自身の体験と、そこから得た知見などを語っている。
「いろんなことがあるから、凹むのはしょうがない。じゃあどうやって元に戻って、より強い自分になるか。そんな話をさせていただいてます。若者の聴講者の中には、今、実際に虐待やいじめを受けている子もいて。みんな、真剣に聞いてくれるんです。“南の島でもどこでもとにかく逃げて”みたいな無責任なことを言う大人もいるけど、私、頭にきちゃうんですよ。
子どもが南の島なんか行けるか、って。逃げる場所は大人がつくらなきゃダメ。子どもができることは、『子供SOSダイヤル』とかに電話して大人につなげることくらいよ。大人じゃなきゃ解決できませんから。中学生なんか、まだ無力。でもあと4年たったら親から逃げられるから、とにかく生きなさい、という話をしたりしています」
時には、子どもの虐待について学びたいと、中学生が訪ねてくることもある。そのときも、「絶対断らないで熱を込めて語る」という歌川さん。それは、今も脳内に“あの日の母”がいるからこそ、と。現在、58歳の彼は、どのようにして過酷な日々を乗り越え、強さと幸せをつかんだのか。