イギリス転勤には娘だけがついていき、加賀美さんは日本に残り、休暇で渡英しつつ仕事を続けた。夫はNHKの同期入局の元ディレクターで、感性や価値観が似ていて過ごしやすく、結婚してからもふたりの関係は変わらなかったという。
「政治番組などを見ていても同じところで文句を言ったりしてね(笑)。何事にも共感できるのが良かったんです。家事や掃除、子育てに関しても『できるほうがやる』というスタンスでやりました」
自分のことをどんどん褒めてほしい
多忙を極める毎日だったが二人三脚で協力し、一人娘を育て上げる。夫は70歳で退職した後、掃除も料理も率先して行ってくれた。
「実は先日、主人の七回忌を執り行いました。数年前に進行がんが見つかって。手術や抗がん剤など手は尽くしましたが、2~3年と短い闘病の末に他界しました。不思議ですね、亡くなってから、より強く夫を身近に感じるような気がするんです。事あるごとに、彼ならきっとこんなふうに言うだろうな……と、いつも感じながら生活しているんですよ」
現在はひとり住まい。近くには娘家族も住んでいるが、程よい距離感を保って生活している。仕事の日もオフの日も加賀美さんの一日は変わらない。毎日のルーティンや決め事も特にないという。
「健康のために毎日運動していらっしゃる方もいて、すごいなぁと思うのですが、私は全然やっていなくて(笑)。強いて言うなら……、どんな仕事も全力でとことんやっているのが、良いのかもしれません」
日々の仕事にとことん全力、が加賀美さんの健やかな身体、そして張りのある声を維持しているヒケツだろう。
「そもそも声を出すこと自体が健康に良いんでしょうね。私の周りでも日頃から声を使っている方は健康でハツラツとしていらっしゃいますし、朗読講座の生徒の皆さんもお年を召しても元気な方がとっても多い。90歳を迎えられても、生き生きとしていらっしゃる生徒さんもいるくらいです。
声を出すことは、どんな方でも気軽に取り組める健康法かもしれませんね。好きな文学作品でも詩でも、新聞でも、なんでもいいから声に出して朗読するのをおすすめしたいです」
加賀美さんが自身のメンタルケアのために、自然と行っているのが“声に出して自分を褒めること”。
「人から褒められることなんて、なかなかないですもの(笑)。私は家でも声に出して自分を褒めてますよ。『加賀美くん、よくがんばった!』って。心の中で思ったりつぶやいたりするんじゃなくて、実際に大きな声ではっきりと言ってます」
音声表現を長年やってきたからこそ、声はストレートに心に響くことを実感しているんだとか。褒め言葉を自分の耳で聞き、心に届ける。
「がんばっている姿を一番近くで見ているのは自分自身なんですから。自分で『よくやったじゃないの』と、ちょっと言いすぎなくらいに褒めていいと思います。皆さんも普段の生活で大変なこともがんばらなくちゃいけないこともいっぱいあると思います。だからこそ自分で自分のことをどんどん褒めてほしいですね」
しんどい時はやめてもいいし、自分の中で区切りをつけるのもおすすめだという。
「キリの良い年齢や周年で区切って『そこまではやってみよう』と励みにするのも意識してきたことです。家事でも趣味でも『9年続けてきたし、もう1年、10周年までがんばろう』とか、『65歳まではいったん続けよう』など区切りをつけるとシャキッとします。
年齢は単なる区切りだと思って、年をとったなぁなんてネガティブに考えないでいい。むしろ自慢できることなんですから。私はあちこちで『84歳になりました!』って自慢してますよ。年齢自慢なら誰にも迷惑をかけないでしょ(笑)」
取材・文/飯田美和
1940年、東京出身。1963年にNHKに入局し、教養番組、ニュースなど多種多様な番組を担当。現在もNHKラジオ『古典講読』『漢詩をよむ』などで活躍。日本朗読文化協会の名誉会長。『こころを動かす言葉』(幻冬舎)など著書多数。