馬と触れ合うほどに馬の魅力は増す
小説を書くにあたり、川村さんは、20以上の乗馬クラブを訪れ、50人ほどの馬の乗り手に話を聞いた。自身も馬に乗り、100頭以上の馬と触れ合った。
「乗りはじめはお互いにギクシャクしているんですが、ある瞬間、馬と自分がシンクロする。すごい快感です。右へ曲がろうと思うより“すこし先に”さっと右に曲がってくれたりする。しゃべらなくてもわかってくれると感動しちゃう。“馬が合う”という言葉があるけど、ばっちり相性が合った馬に乗ると、運命を感じる。この馬が欲しい、他人に乗られるのは嫌だと思う気持ちになるんです。
馬はセクシーです。筋肉質でカッコよくて、マッチョに肩車されている、そんな感じ。でも瞳はすごくピュアで一生懸命。胸を打たれます」
主人公の瀬戸口優子は、短大を出て造船会社の事務員として働き、25年。無口で地味。黙々と仕事をし、組合の経理も任されている。ある日、馬運車から逃げ出し、国道に立っている馬と目が合い、語りかけられた気がした。
優子は、この馬“ストラーダ”に乗るために、乗馬クラブに通うようになる。
「馬は人間をよく見ています。無理に引っ張っても動かない。人間は言葉や力で人を動かそうとする。馬は、時間をかけて触れ合って、気分がシンクロしたときに引くと、スッと動く。これって、コミュニケーションの正しいカタチだなと思いました」
優子とストラーダは、呼吸を合わせ、リズミカルに駆ける。お互いに信頼し愛を感じ、優子はこの馬が欲しいと思う。そのためには、高額を払うしかない。
「馬は贅沢品。乗馬クラブには女性が多く、エルメスの高級馬具を仕立て、自身もエルメスの服を着ている方がいます」
優子も例外ではない。ストラーダにお金を注ぎ込み、蜜月と転落の人生が転がり出す。サスペンスフルな展開と、疾走感あふれる文章に、ワクワクドキドキが止まらなくなる。