成澤さんと落合さんは、雑談の中で「ローヴィジョンボクシング」のアイデアを思いついたという。創造力と実行力に富んだふたりが手を組めば百人力。昨年は、東京タワーの下でデモンストレーションを行うなど、着々と実用化に近づいている。

視覚障がい者のためのボクシング

目が見えない人は鏡で自分の体形を他人と比較できないし、安全に運動できる場所も少ない。その環境では僕のように食べるのが好きな人は、どんどん太ってしまうんです。

 もしも、テクノロジーを駆使して目が見えない人も楽しめるスポーツがあれば運動不足解消につながるはず、というのが発想の原点です」

 ローヴィジョンボクシングでは、光の残像が放物線を描く中、グローブで打ち合う音が響く。目が見える人はグローブの光を追い、視覚障がい者は打った直後に耳に届く“音”を楽しむ。まさに、誰も取りこぼさないスポーツといえる。

視覚障がいのある実業家・成澤俊輔さん。ローヴィジョンボクシングのパートナーは、弱視である松枝史憲さん 撮影/渡邉智裕
視覚障がいのある実業家・成澤俊輔さん。ローヴィジョンボクシングのパートナーは、弱視である松枝史憲さん 撮影/渡邉智裕
【写真】白杖を手にパリコレのランウェイを歩く成澤俊輔さん

 成澤さんのトレーナーを務める元プロキックボクサーの大久保彰さんは、彼の変化についてこう語る。

「初めて会った3年前に比べて、かなり身体が引き締まりましたね。何より、目が見えていないとは思えないほど反応がいい! 視覚障がいのある人からの問い合わせも多く、今後さらに『ローヴィジョンボクシング』は広がっていきますよ」

 さまざまな挑戦を続け、もはや自分が何者かわからない、と笑う成澤さんだが「今の自分がこれまでの人生で一番好き」と断言する。

「『努力は夢中には勝てない』という言葉がありますよね。僕にとっての努力は、得意分野であるコンサルティング。でも、パリコレに出たり、ローヴィジョンボクシングを開発したりするのは夢中になれる“好きなこと”なので、ずっとワクワクしてます。

 今は監督として映画を撮りたい。『視覚障がい者が撮った映画』って面白そうですよね?」

 好きなことにまっすぐ突き進む成澤さん。彼には、自分が歩むべき道は見えているのかもしれない。

なりさわ・しゅんすけ 1985年、佐賀県生まれ。実業家。徐々に視力を失う難病・網膜色素変性症を患う。大学卒業後、経営コンサルティング会社での経験を経て'09年独立。'16年にNPO法人FDAの理事長に就任し、'20年に事業承継。現在は経営者の調律とアーティストとして「世界一明るい視覚障がい者」をキャッチフレーズにさまざまな活動を行う。

取材・文/大貫未来