「幼稚園のときに、男の子に女の子がキスする遊びが流行ったんですが、私は楽しそうに、男女両方にキスをせがんでいたと母に言われたことがあります。素質はあったのかな……」
あやさん(35歳・仮名)が暮らしていたのは、東京都心から離れた郊外にある町。おおらかな両親のもとで、のびのび育ったと語る。
「男らしく、女らしくと言われてこなかったせいか、幼少時に性差を気にしたことはまったくなかったです。かといって、男勝りというほどでもなく、ぶりっ子でもありませんでした。兄がいたので、自分は女だというゆるい自覚は、あったかもしれません」
小学校に上がって間もなく好きになったのは、隣のクラスのリーダー的女子だったが、次に好きになったのは男の子。“これって変なことかもしれない”と思って恋愛話は極力避けた。
どうしても避けられないときは、好きな女の子の名前をふせ、男の子の話に置き換えて話をしたこともあった。中学になると男女両方にモテたが、初めてできた恋人は男性の先輩だった。
「無意識に男女両方にアプローチしていたのかもしれません(笑い)。私はスポーツができて背も高かったので、女の子に憧れられるようになったんです」
女の子と初めて交際したのは、中学3年生。部活動を通じて知り合った他校の女子だった。親友に彼女ができたと報告するも、
「“いくら女子にモテても、あんたは女なんだから”“遊びで付き合うならやめな”“いずれ男の子と結婚するんだよ”と言われて。確かに若気の至りなのかもしれないと思い別れましたが、結局、次に付き合った相手も女の子。高校を卒業するころには、自分は男女どちらも好きになる可能性があると確信しました」
親友に否定されて以来、ごく一部の友人にしかバイセクシュアルを公言しなくなった。
「ストレートの友人からは“いつか治るよ”と諭されたり、敬遠されたり、レズビアンの友人には“男と結婚する逃げ道があるなんて覚悟が足りない”って言われてしまう。なので、どうしてもカミングアウトする人は選んでしまいますね。ただ、男性と結婚する可能性も否定できないのは事実。両親には伝えていません。少しでも気苦労をかけないのが、親孝行かなって」
大学を卒業して社会人になると、同業者の彼女と同棲を始めた。しかし、あやさんも彼女も自営業。収入は不安定だった。
「そんなときに彼女が転職することになり、家計が苦しくなってしまった。残念ながら、日本では女性が職場で求められたり、成功するのは当たり前と言えません。男性同士のカップルや男女のカップルよりも、女性同士のカップルは低所得になってしまうんです」
彼女の就活がうまくいかず、破局。その後、大学時代の男友達と結婚を前提に交際をスタートする。
「彼には私がバイセクシュアルだと明かしましたが、特に理解しようと思ってはくれませんでした。ある日、私がバイセクシュアルの女の子と遊びに出かけるとき、“俺もまぜて!”“3人でホテル行こう”と懇願されて。即刻、説教しましたね。どうしても男女と付き合えるというと節操ナシというイメージになるみたいで。私がカミングアウトしなければ、デリカシーのない発言もなかったと思います。婚約したことで治ったと思ったのかもしれません。毎日生き方を笑われるのもしゃくだと思って婚約破棄を申し出て、理解のある元彼女とよりを戻しました」
現在は自営業のほか、居酒屋でのパート勤務など昼夜を問わず働いている。
「“恋愛のチャンスが2倍になる”とよく言われますが、男女どちらの魅力も目に留まるので、とても幸せな気分になります。なかなか仲間を見つけたり、公言したりはできませんが、ひっそり幸せを噛みしめながら生きることも、悪いことではないと思います」
〈LGBT用語解説〉
バイセクシュアル(両性愛者)
性自認に関わりなく、同性も異性も恋愛対象になる人のこと。日本語では両性愛者と言われ“バイ”と省略されることも。