■ゴールのないマラソン
「ゴールのないマラソンを必死にしている状況が、ずっと続くようなものです」
NPO法人『認知症ケア研究所』統括管理者で認知症ケア専門士の高橋克佳さんは、介護生活をそのようにたとえる。マラソンであれば苦しくても必ずゴールがあり、途中の給水所や声援なども力になるが、介護をひとりで背負い込んでしまうと、孤立無援のランナーになってしまう。
■矛盾地獄に陥いる
NPO法人『心の健康相談室』代表でカウンセラーの和田由里子さんは、
「“亡くなる”という終着点に向かい日々作業するむなしさ、悲しさ。達成感を得られずエネルギーが奪われる……。ひとりで向き合い続けるのは、本当に厳しいことです」
和田さん自身も認知症の母親の介護で、“矛盾地獄”に陥ったことがあるという。
「“早く死んで……”という気持ちと“1日でも長く生きて”という気持ちでわけがわからなくなる。この葛藤は、多くの人に起こると思います」
■ボロ雑巾のようにすり減る心
理学療法士でカウンセラーでもある橋中今日子さんは、認知症の祖母、身体障害の母、知的障害の弟の介護を20年以上続けてきた。
「“自分の時間が取れない”ことは、大きな壁。相談者のほぼ100%は1年以上、美容院に行けていません……」
食事がとれない、トイレに行けない、鏡も見なくなり「目ヤニをつけたまま会社に行っても、気にしなくなっていた」と吐露する橋中さんは、
「どうしていいかわからなくても相談相手がいない。“もっとしてあげなきゃダメじゃないか”と自分を責める。それらが積み重なり、どんどん追い込まれてしまうんです」
■孤立の穴へと落ち込みやすい人
「“自分が我慢すればいい”と頑張ってしまう人は、注意が必要です。介護中に突然怒鳴ったり、わけもなく泣きだしてしまったら重症です」
と橋中さんは指摘する。家族思いの優しい人、忍耐強い人ほど「自分は大丈夫」と思うかもしれない。その自信が落とし穴になる可能性がある。
事件の加害者に男性が多い点を、高橋さんは問題視する。
「家事に慣れていない男性が介護に加え家事をこなす負担は大きい。特に高齢者。70~80代でご飯の支度、掃除、洗濯を初めてやるのは厳しい」
さらに、高橋さんは世間体を気にしなければならない環境もリスク要因としてあげる。
「認知症の啓発が遅れている地域では、家族が認知症ということを周囲に言いにくく、2〜3年家の中でだけ何とかしようとしてアップアップになるケースもあります」