最終回前編のあらすじ
ヨウイチとマキの結婚披露宴。新婦のマキはお色直しで控え室に向かう途中、かつてヨウイチとセックスレスだったころに一度だけ肉体関係を持った浮気相手のユウジと鉢合わせしてしまう。ユウジは偶然にも会場のレストランでコックをしていたのだ。
控え室に引きこもった新婦をどうにかして会場に戻そうと、厨房で画策するユウジだったが、彼のもとに新郎・ヨウイチが事情を聞きにやってきた。「何か、知りませんか?」という新郎からの真っすぐな言葉にただただ動揺を隠せずにーー(前編も併せてお読みください)。
最終回後編
*厨房・ユウジ*
このことがバレたらどうなってしまうのだろう。ふたりの幸せを壊すのは間違いなく自分だ。それだけは絶対に避けたい。しかし、この場を切り抜けるアイディアも浮かばない。
「お願いします。話を聞かせてください」
真剣な眼差しがユウジを貫く。どうすればいい? どうにか誤魔化すしか……
そう考えるユウジの心を変えたのは、次にヨウイチが放ったセリフだった。
「大丈夫です。僕は、あいつの全部を、受け止めます」
ユウジは、このシンプルな言葉に衝撃を受けた。
かつて自分が結婚式で花嫁を奪われた、あの一件以来。「愛」というものの壊れやすさだけを見てしまっていた。
いつの間にか「愛」は、心に傷をつける恐ろしいものになっていて、自分の人生において信頼を置く対象では無くなっていた。
「すべてを受け止める」と力強く言い放つ青年の目を見て気づかされた。キョウコさんと付き合う事になった今も、自分は「愛」を信じ切れていないのだろう。
きっと「愛」とは、もっと強いものだ。
優しいものだ。
何よりも信頼できる、かけがえの無い絆だ。
「今の言葉は……本当ですか?」
「はい。僕は、マキの全部を知りたいし、すべて受け止める」
ユウジは、すぐに新郎を厨房から連れ出した。
「説明している暇はありません、控え室に行きましょう。今なら、彼女の口から真実を聞けるはずです!」
今行けば、ちょうどマキがショウヘイに事のいきさつを話している最中だろう。
きっと彼なら――。彼とマキなら、乗り越えられる。愛の強さを見せてくれる。
2人は控え室に走った。
*控え室の前・ヨウイチ、ユウジ*
「そしてその浮気相手が、私です」
控え室からのマキの声を聞いて、ユウジはヨウイチを見つめた。
2人の未来のためには、こうするしかないと思った。
もしこの件をうやむやにして披露宴をやり遂げたとしても、マキの中に罪悪感は残る。ヨウイチにもしこりが残るだろう。マキの告白をヨウイチに聞かせるのは酷だとは思う。
が、先ほど「すべてを受け止める」と言ったヨウイチの目には、強さがあった。ユウジは、ヨウイチの強さを信じたのだ。
「そうですか……」
ヨウイチはそうつぶやくと、閉ざされたままの控え室に向かって話しかけた。
「マキ、俺さ、知ってたんだ。マキが浮気してたの」
ヨウイチの意外な発言に、ユウジと、ドア越しのマキは目を丸くした。
「俺の浮気がバレた日にさ、LINE、来てただろ? この、ユウジさんから」
「じゃあ……なんで……?」
嗚咽交じりにマキが聞く。
「そのときさ、悲しかったし、キツかったけど、それよりも、やっぱ俺らって、似たもの同士なんだなーって思ったんだ。食べ物の好みも好きなバンドも、服の趣味も、全部同じでさ、浮気するタイミングも同じで。変かもしれないけど、そのときなんだ。結婚しようって決めたの」
「なんで? じゃあ……なんで浮気のこと、言ってこなかったの……?」
「変わらないからだよ。言われても、言われなくても。結婚前に言ってきても、結婚した後でマキが言ってきても。まぁ、まさか式の当日になるとは思わなかったけど」
苦笑しつつも、ヨウイチは続ける。
「いつ言われても、ずっと言われなくても、俺がマキのこと好きってことは、この気持ちは変わらない。だから、聞かなかった。俺の気持ちは、何があっても変わらないよ」
マキは鏡を見た。涙でグシャグシャになった、ウエディングドレス姿の自分が映っている。
思えば、この挙式・披露宴に関しては全て自分のやりたいようにさせてくれたヨウイチ。そんな彼が唯一こだわったのが、このお色直しのドレスだ。それも、自分のグシャグシャな顔のせいで台無しになってしまった。
「そのドレスさ、同僚の彼女さんが作ってるやつなんだけど、その模様の花、スターチスって言うらしいんだ。花言葉は、『永遠に変わらない心』なんだって。俺、どんなことが起きても絶対に変わらない自信があるから、どうしてもそれを着てほしかったんだ」
マキの涙はさらに溢れた。ヨウイチは、自分が思っているよりももっと大きな、強い愛で、自分を包んでくれていた。こんなに素敵な人に愛されて、自分は幸せだ。心からそう思える。控え室の扉を開け、ヨウイチの胸に飛び込む。
「ちょっとおい、鼻水つくって!」
こんな事があった直後でも、いつも通り接してくれるヨウイチの腕にしがみついて、マキはひときわ泣いた。マキに続いて控え室から出たショウヘイは、マキに負けず劣らず号泣するユウジを見つけ、苦笑した。
*披露宴会場*
結局一時間ほどが経過した後、披露宴は再開された。
帰ってしまった出席者もいたが、その席にはヨウイチとマキの希望でユウジとショウヘイが座ることになった。
「それにしても、ユウジさんの泣き顔、初めて見ましたよ。今度、キョウコさんにも教えてあげよう」
「やめろ。絶対に馬鹿にされるっておい、あれ……」
ショウヘイがユウジの目線の先に目をやると、ふたりが座った円卓の向かいの席に、見覚えのある女性が座っていた。
ユイだ。
かつてユウジがショウヘイを無理やり連れて行った合コンで、清楚な見た目とは裏腹に男とホテルに消えていき、ショウヘイに大ダメージを与えた女性が目の前に座っているではないか。
後で聞いた話だと、マキが働くアクセサリーショップの同僚だそうだ。
「あの~、お久しぶりです……。その節はすみませんでした。私……、酔ってしまって……」
気まずそうに話すユイに、ショウヘイは先ほど言えなかったセリフを言った。
「いえ、そんなに気にすることではないですよ」
この再会は、恋のカケラになるだろうか。
それはまだ、誰も知らない。
恋のカケラ~fin~
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