■子どももひとりの人間として扱う

 褒めることも上から目線で評価する“縦の関係”にもとづいた行為。

「子どもが何かをできたときは褒め、できなかったときは叱ったり怒ったりする行為は表裏一体で、子どもに賞罰を与えているようなものです。

 アドラー心理学では、『すべての人は対等な関係にある』と考えます。これは大人と子どもの関係にもあてはまり、子どもでも、ひとりの人間として尊敬、信頼し大切に扱うということです。

 先生と生徒の関係は対等(横の関係)で、先生は生徒に対して、責めたり注意したりするのではなく、いつもそばに寄り添い勇気づけてくれる存在であることがもっとも望ましいのです」

 たしかに理屈ではそうあるべきだが、子どもは純粋ながらも残酷。“先生、わき毛、見えているよ~”。授業中、原田さんにこんな発言をした子がいたという。原田さんは驚いたものの“おかしいなあ。キレイにしてきたのに。何本見えた?”と切り返したのだ。

 すると、ほかの子どもたちは大爆笑。発言した子どもは原田さんの予想外の反応に固まり、それ以降はちょっかいを出さなくなったという。

「この子は先生に注目してほしかっただけなので、“そんなことをしても怒らないし、先生はいつも君のことを気にかけているよ”ということを態度で示すよう心がけました。こうした“言葉がけ”を積み重ねていった結果、徐々に問題行動を起こす子どもがいなくなり、クラスがまとまっていったのです」

■叱責される子どもの立場を体験

 この経験をたくさんの母親たちに伝えたいと思った原田さん。小学校教諭を退職して、アドラー心理学を活用した子育て講座を開講した。

「最初に、受講生の母親に自分の利き手とは反対の手で自分の名前を書いてもらうことにしています。受講生はなかなか上手に書けず、時間もかかりますが、その最中に私が次のような言葉をかけます。

 “フラフラしているじゃないの!”“何でこんなにヘタなの?”“何でできないの?”“きちんと書きなさい!”“やる気があるの?”“これじゃダメでしょ!”……。

 突然、私が厳しい口調で叱責するものですから、母親は萎縮してさらに書けなくなってしまいます」

 叱責された子どもがどういう気持ちでいるのかを、母親に実体験してもらうのだ。

「いろいろな場面を想定して、どんな“言葉がけ”をしたらいいかを考えてもらいます。先ほどの場合なら、こんな感じです。“大丈夫だよ。震えていてもできるようになるからね。応援しているよ”“練習を続けていけば必ず書けるようになるからね”。

 このように勇気づければ信頼関係ができ、子どもが親に“貢献したい”と思い、親も子どもを“もっと応援したい”と思うようになる。相互作用が生まれるのです」

 アドラー心理学では、過去にとらわれず、未来を見据えて“今、ここからやれること”に注目する。

 過去の子育ての失敗にこだわり、心のバランスを崩している母親も多いという。

「大事なのは、母親が自分自身にOKを出すこと。母親の心の状態は、子どもに映し出されます。完璧な人間なんてどこにもいません。ありのままの自分でいいので、最初は子どもに低い目標を掲げて、それができたら子どもに“ありがとう”“うれしい”などの言葉をかけてあげるようにしてください」

 子育てに熱心なのはいいことだが、“子どもの幸せ=母親の幸せ”になっていることには問題があると、原田さん。

「子どもが成長して親離れすると、ふと“これからの人生、何をすればいいのだろうか”と思い悩み、戸惑う人もいます。そうならないために子育て期間中でも自分の花壇に水まきをするようにしてほしい。

 子どもを寝かしつけたあとお気に入りの紅茶でひと息ついたり、外出したついでに好きな洋服を購入したりするのもいいでしょう。自分が幸せでないと、子どもを幸せにすることはできません」

 もしネガティブな気持ちになりそうになったら、リフレーミングという手法を使えば、前向きに解釈し直すことができる。

「例えば、5万円が入っていた財布を落としたとします。そのときに“10万円落とさなくてよかった”“命に関わるケガじゃなくてよかった”と考えれば、少しは気持ちをリカバリーすることができます。

 このリフレーミングは、人付き合いでも使えます。苦手な人と接するとき、その人のいい部分に気づくことができて、気分よくお付き合いができるようになります」

 原田さんは現在、アドラー心理学をベースにした小学校の設立を目指している。最初は寺子屋から始める予定とか。

「まだまだ道のりは長いですが、未来の子どもたちのために必ず実現したいです」

取材・文/田中 潤 イラスト/シライ カズアキ