何事もなく、普通に生きていた人たちの日常が“戦争”によって壊され、思いもよらなかった人生を生きることになる――そんな人々の姿が描かれる『帰郷』は、「戦争について考え続けることがライフワーク」と語る、浅田次郎さんの連作短編集です。
登場人物たちはみな別の仕事の従事者
「戦争に携わったそれぞれの人たちの人生を、できるだけ真摯に、自分なりに解析して、小説の形で表現していければというふうに思っています」
本書には、娼婦をしている女と、南方戦線で生き残った元兵隊が焼け野原の新宿でふと出会う『歸鄕』、日本から遠く離れたニューギニアでの生々しい戦闘を描く『鉄の沈黙』、幼いころに父が戦死し母と離れて育った大学生が、戦争のことなどすっかり忘れてしまったかのような戦後の遊園地で働く『夜の遊園地』、昭和40年代の自衛隊員と戦時中の陸軍兵が時を超えて交流する『不寝番』、壮絶な戦場をくぐり抜け帰国した元兵士が傷痍軍人と関わったことで数奇な運命をたどる『金鵄のもとに』、海軍を志願した大学生が絶望の中で夢や思い出などを語り合う『無言歌』という6つの話が収められています。
「出てくる登場人物たちは、みんな本来は別の仕事をしていた人。職業軍人はほとんどいないんです。『無言歌』に出てくる海軍士官も、学徒動員がなければ軍人にはなっていない。そんな人たちが赤紙1枚で駆り集められて、戦地へ送られて死ぬのが戦争なんです」
しかし、昭和30年代には戦争はすでに過去の出来事になっていたことを、その時代が舞台となっている『夜の遊園地』を書いていて気づいたという浅田さん。
「昭和30年代前半は、そこらを歩いている男の人のほとんどが軍隊に行ってたんですよね。でも昭和30年代前半で、すでに戦争はなかったことになっていた。30年代半ばになると、街の風景って今とほとんど変わってないんですよ、都電があったくらいで。
だから、僕自身も戦争というのはまったく意識していなかったし、遠い昔の出来事だと思っていたけど、実はそんなに昔のことではなかったんですね。
大人はみんな知らん顔してたわけです。あまりにもつらい体験なので、思い出したくも話したくもなかった、という気持ちもあったと思う。自分の悪い経験は、子や孫たちには伝えたくないという気持ちもあったんじゃないかな。でも、今はこういう小説の形で、戦争について僕も考え、読者にも考えていただければと思いますね」