プログラムを受けている男性らに調査すると、痴漢の間接的な引き金(慢性トリガー)として「上司」や「同僚」と申告する例は少なくない。決算期などの繁忙期に必ず痴漢をする例もある。「妻」との関係を引き金と考える人もいる。家庭内で居場所がないことが孤独感を助長し、それがストレスにつながっているのだろう。
公私にわたって強い負荷を受けながら、彼らは日々、満員電車という非人間的な空間の中に閉じ込められる。
「痴漢行為は満員電車内でのみ発生するわけではありません。逃げ道を確保するために、空いている電車を選ぶ痴漢もいれば、路上、映画館、書店、プールなどを選ぶ痴漢もいます。とはいえ、最も発生しやすい場所は、満員電車です。駅員さんが乗客を押し込むレベルだと、もはや人が人として扱われていませんよね。そこでは男女ともに匿名の存在となります。責任の所在が不明確な空間は、彼らにとって非常に都合がいいのです」
ネットの世界でも、匿名の掲示板ほどモラルが低下しやすい。匿名性が高まると人は大胆になり、狂っていくものなのか。
「小さな成功体験」でハマっていく
「そこでたまたま女性の身体に触れたけど、何も言われなかった。そんな、彼らにとっての“小さな成功体験”が重なるうちに、痴漢をするプロセスそのものにハマっていきます。捕まるかもしれない中で人を支配するスリルとリスクに興奮し、非日常的な達成感を得てスキルアップしていく。そして次の行為を再び渇望するようになる……。こうやって性的逸脱行動は常習化していきます」
これを終わらせるには、逮捕しかない……と思いきや、
「少数ではありますが、逮捕そのものが次の痴漢行為の渇望となる人もいるから厄介です。捕まったのは自分がそのプロセスにおいて何らかのヘマをしたからと考え、だったら次はそこを回避して捕まらないようにしよう、という歪んだ認知があります。痴漢行為が悪いから捕まったとは考えないんですよ」
逮捕後に起訴され、実刑を受けてもなお認知の歪みは直らない。まして、示談や罰金で終わる場合は、ますますその傾向が強まるという。
「彼らは“逃げ切れた!”と解釈するんです。示談金は多いと数百万円、少ない場合は数十万円程度で、家族にはバレるケースが多いものの、勤め先に知られることなく解決できます。失うものはおカネだけ。それは彼らにとって“失敗”ではないのです」
痴漢の行動原理は、にわかには信じがたいものばかりである。彼らも多かれ少なかれ、生きづらさを感じているだろう。しかし、それを罪なき女性に押し付けることが許されるわけもない。そして、強いストレスを感じていても、多くの人は身勝手で卑劣な痴漢行為に手をそめない。
「痴漢とは、どういう人物だと思いますか?」と斉藤氏は問いかける。ぜひ読者の皆さんも一緒に考えてほしい。犯罪の背景にあるのが性欲ではなく、弱い者への支配欲とコントロールだというなら、痴漢とはガタイがよく粗暴な男性ではなく、女性とまったく縁のなさそうな気弱で陰湿な男性なのだろうか。