植松容疑者は犯行予告のような手紙を書いた直後、緊急措置入院させられている。入院中、「ヒトラー思想が2週間前に降りてきた」と話したという。ナチスの独裁者ヒトラーは、子孫に優劣をつける『優生思想』から多くの障害者を虐殺したとされる。
事件当時、植松容疑者がひとりで暮らしていた一軒家は、事件から約4か月がたって警察の規制線が解かれた。周辺住民の話によると、放火やいたずら被害を警戒していたようだ。家はそのままで売りに出されてはいない。もともとは両親と住んでいたが、約4年前に両親は出て行った。近所の男性は言う。
「容疑者は子ども好きで、近所の子どもとよく遊んでいたんだよね。ある日、子どもが彼の入れ墨を見て、その話がすぐに近所で広まった。
母親が泣き叫んで畳を叩く音が自宅から聞こえてきてね。間もなく両親だけが引っ越し、容疑者は海水パンツ一丁になって、自宅前の路上で身体を日に焼くようになったよ。ビキニ姿の彼女も一緒だった」
襲撃された『やまゆり園』は'17年春から4年かけ、施設全体が建て替えられる。周辺住民への説明会では、その間、横浜市内の施設に仮移転することが報告されたという。
「事件直後は体育館で寝泊まりする入居者がいました。襲われた部屋はクリーニングしてもさすがに使えないので、そこの居住者は別の施設に移動しました。
事件の影響で他の施設に移ったり、自宅へ戻った人もいるので、園に残ったのは60人ほど。事件後しばらくは外出しなかったのですが、最近は職員が2、3人を連れて散歩する姿をようやく見かけるようになりました」(近所の主婦)
容疑者は精神鑑定中で'17年1月下旬にも結果が出る。刑事責任能力があるとみなされれば、起訴されるはずだ。