入社9年目。トップVIP担当に選ばれる
入社して9年目の春、里岡さんにとってキャリア上の大きな転機が訪れる。「トップVIP担当客室乗務員養成制度」がスタートし、その第1期生に選ばれたのだ。
トップVIP担当客室乗務員とは、天皇・皇后両陛下、皇太子殿下同妃殿下、首相、国賓の方々が搭乗する特別機で接遇すること。5000人ほどいるスチュワーデスの中から、最終的に選ばれたのはたった5人。里岡さんはその中の1人になった。
「なぜ、私が選ばれたのか直属の上司に聞いてみると、 “里岡さんは、お客様の前で飲み物をこぼしてしまうといった単純ミスがほとんどありません。身だしなみもいつもきちんとしていて、言葉遣いや態度も落ち着いています。何かトラブルが起きても、動揺せずにふだんと同じように行動できる。すべての点において、いつも安定感があるところが評価されたと思います” と言われました」
会社は、突出した何かを求めていたわけではなかった。それよりも、「いつも、安定している」ことを重んじたのだ。それはまさに里岡さんが入社以来、心がけてきたことだった。日々の仕事をコツコツと積み重ねる。中庸の精神で、お客様、周囲のCAにも笑顔で接する。このことを、身近にいる上司はきちんと見ていたのだ。
トップVIP担当客室乗務員に決まったとき、やっかまれたのでは? と聞くと、「ないない!」と里岡さんは笑ってこう言った。
「私は、自分が! 自分が! と出しゃばるような目立つタイプではない。だから、ライバル心を燃やされるようなこともなかったと思います」
クールな自己評価だが、実は、他者の里岡さんに対する評価はずいぶんと違う。
里岡さんより1年早く入社し、以後24年間一緒に働いた戸田博美さんは、こう話してくれた。
「美津奈さんは、カリスマCA。私たちCAの憧れの存在で、たいへんな人気者だったのです。優雅な立ち居振る舞い、お客様をおもてなしする温かい心、どんな状況になっても慌てず適切に対応する臨機応変さ……。ANAの目指すCA像をここまで体現できる人を、私は見たことがありません」
同じように感じ、里岡さんを慕うCAは多かった。ライバルなんておこがましい、むしろ、高嶺の花のような存在。
多くのCAは、里岡さんがトップVIP担当客室乗務員に選ばれたのは「当然の結果」と受け止めていた。
以後15年間、里岡さんは、トップVIP担当客室乗務員としてさまざまなVIPの接遇を担当する。
先ほど登場してくれた戸田さんは、こう言う。
「美津奈さんの業務における正確性、安定性の高さは群を抜いていました。体調管理を徹底する、担当便前の飲食に気を遣う、事前の情報や知識の収集をぬかりなく行う、イメージトレーニングなどセルフマネジメントを極めるなど、プロ意識の高さは誰にもまねできないほどでした。また、自分の生活習慣やライフスタイルそのものが仕事の質を高めるという確固たる信念をお持ちで、茶道や華道をたしなみ、アロマや紅茶、食器などの知識も豊富でした」
戸田さんは、里岡さんからVIP担当教育を受け、数年後に自身もトップVIP担当になった。
「初めてVIPを担当する日、極度に緊張していた私に、 “この場にいる者しか味わえない特別な空気感を楽しみましょう” と声をかけてくれたことは、今でも忘れません。おかげで、美津奈さんがいるから何があっても大丈夫! と、す~っと肩の力が抜けて落ち着きました」