「おつかれちゃん!」
真っ暗な部屋の中で、美央のスマホが1通のLINEを受信した。うるんだ目をティッシュで拭きながら画面に目をやると、翔太からのあまりに無邪気なLINEのメッセージだった。
美央は、翔太にとっさに返信した。
「電気が……、電気がつかないの。電気つかないだけで、本気でつらい……。どうしよう」
思いがけない返事が翔太から返ってくる。
「美央ちゃんの家、溝の口だよね。じゃあ今から溝の口に行くから、美央ちゃんは東京電力に電話して。復旧するまで2時間くらいかかるから、その間一緒にいるよ」
パニックに陥っている美央を落ち着かせようと、これから家に行くこととすぐ電気がつくことを伝える、翔太。あまりに優しいその一言に、美央は胸が締めつけられる思いがした。
「ええっ!? 本当に、今から来てくれるの……?」
翔太の会社から、自宅までは1時間はかかる。しかも、時間は夜の11時。それに、翔太が家族と住んでいる家は千葉県にある。今から来たら、明らかに終電がなくなってしまう時間なのに――。美央は半信半疑だった。
「でも、その時、ああ、救われたってすごく思いました。私にとって、翔太君は救いの存在なんだと感じたんです。翔太君が来てくれるってなったら、突然元気になって、真っ暗な部屋で化粧し始めている自分がいましたね(笑)」
もう、戻れない……、私は翔太君が好き!
その日、翔太は、本当に溝の口の駅までやってきた。まるでなりふり構わず最愛の人に会いに来たかのように。美央も、駅に着く時間に合わせて駆けつけた。
改札から現れた翔太は、いつものデートしていたときとは違っていた。仕事帰りとあって、髪の毛はボサボサで、服装も冴(さ)えない。けれども、そんな素の翔太を見た瞬間、美央はタガが外れた……と漠然と思ったという。もう、戻れない……、私は翔太君が好き! 大好きなんだ! と――。
「そのやる気のない格好を見た時に、逆に翔太君に近づけたって思ったんです。夜中の0時にわざわざ私の家まで来てくれたんですよ。私たち、繋がってる、もう離れたくないって感じた。それは翔太君も、同じだったと思う」
美央は目を潤ませながら、そう言葉を続けた。
駅前のチェーン居酒屋に入り、美央が上司にセクハラされたことを話すと、翔太は美央の上司に対して怒りを露わにした。
「“もうその会社、辞めちゃいなよ。それで美央ちゃんがこの業界を嫌いになるほうが、おれは嫌だよ。この業界じゃなくて、その会社おかしいよ”ってすごく怒ってくれて、ほんとうれしかった」