しかし、夢のような時間は過ぎ去り、美央のもとに非情にも東電から復旧を告げる電話が鳴る。少女マンガ好きの美央にとっては、それは、まるでシンデレラが灰かぶりに戻った瞬間でもあった。

「東電から電話が来た瞬間、帰らなきゃね、という雰囲気になったんですが、そこで翔太君が、“許されるならずっと一緒にいたい”って言ったんです。私は黙ってたんですが、喉の奥まで私も……という言葉が出かかってましたね。やばいやばい、でも、これって不倫じゃ……って思って、心がキュンとしました。

 その後、やっぱり不倫という引け目を感じたのか、一度彼はちょっと引いたんですよね。そしてこんなメッセージを送ってきたんです。“この前あんなこと言っちゃったけど、美央ちゃんを傷つける結果になるのは分かってる。でも、本当は、美央ちゃんのこと、すごく惹かれてて、好きなんだよね。でも、これ以上はほんとまずいと思う”って」

 LINEを見た瞬間、美央は大泣きした。

「もし、翔太君と今の奥さんより早く出会っていたらって……何度も何度も思って。そしたら、めちゃくちゃ悔しくなった。もし早く出会えていたら、普通に付き合って、結婚していたかもしれないって」

 それからしばらくの間、美央は翔太と連絡を取らなかった。

一線を越えていないということだけが、二人の逢瀬のいいわけ

 それからおよそ1年後。美央は、例のブラック企業を辞めて、新天地で働き始めていた。

“夏が近づいてきて、美央ちゃんと知り合ったことを思い出した。あの時は、むやみに近づいてごめんね。付き合ってとか言えない立場だから、あんなこと言うんじゃなかったって。でも、本当は今も好きだし、会いたいって思う”。突然翔太君からこんなメッセージが来たんです。男って、ずるいなーって思ったから、最初はシカトしてたけど、結局返事しちゃったんですよね」

 また2人は懲りずに平日の昼間にディズニーシーで再会した。2人とも有休を取っているが、翔太だけは家族に仕事と嘘をついている。一日中デートを楽しんだ。「海底2万マイル」というアトラクションでは、小型潜水艇の形をした乗り物の中で肩を寄せ合うため、あわやキス寸前までいったが、お互いが自制して堪えたのだという。二人の心が止めることができなくなっていたのは薄々感づいていた。

 二人に肉体関係はない。その一線を越えていないということだけが、二人の逢瀬のいいわけだった。帰り路、翔太は美央を必ず家まで送り届けてくれる。別れ際に、翔太は美央にこう告げた。

「おれなりに考えてみたんだよね。でも、あの時みたいに、美央ちゃんを傷つけたくない。今すぐには、子どもも小さいからどうこうしようとは言えないけど、親としての責任を果たし終えたら、そのときは本当に好きな人といたい。それまで待っててほしいと言える立場じゃない。だけど、いつか、美央ちゃんと結婚したい。50歳になったら結婚しないか」

 そう言って翔太は美央を抱き寄せてきた。

「あの時は、本当にキュンとしましたね。翔太君がそう言うのを黙って聞いてた。プラトニックな不倫という先の見えないゲームで、一つ道が見えたというのは大きいと思いました。彼を信じようって。いくつになってもいい、あたしは、翔太君と一緒になりたい、って」

 美央は、本気で50歳になったら、翔太と結婚できると思っているほど子どもではない。そんな先のことは正直分からない。でも、今はそれで幸せだからいいのだという。