一昨年4月、ステージ1~2の乳がんで右乳房の全摘出手術をし、同年11月に無事その乳房再建を果たした、小説家の篠田節子さん。その最中にも認知症のお母様の介護、小説家としての本業を同時進行させていたのは驚きです。

 でも、もっと驚きなのは、その一部始終を綴ったこの本にまるで悲壮感がないこと。むしろテンポよくユーモア漂う文章で全体が構成されています。それは努めた部分なのでしょうか?

巷にあふれているがんの話と違う

「いえいえ、特にそんなことはありません。いたってまじめに書いたんですけど、ステージ1~2ですし、“私死ぬの?”ってことはなかったので自然にこうなりました」

 でも、そもそもフィクションの小説家である篠田さんが、なぜ自身の病気や介護のエッセイを書こうと思われたのでしょうか?

「一昨年発売した小説『鏡の背面』と関係があります。ちょうど検査だ入院だとなっているころに見本ができてきたんです。単行本を出すとたいてい出版社が特集を組んでくれるんですね。それでなんとなく調子に乗って“がんから生還しました系”の短いエッセイを書いちゃおうかな、と言ってしまったんです

 私としてはせいぜい5~6ページでおしまいの宣伝広報活動ぐらいの気持ちだったんですけど、編集が“ウェブ連載にして一冊にしましょう”と言いだして……。“ちょっと待ってよ、それで一冊できるわけがないじゃない”となったんだけれど、言いだしっぺだし“しょうがない、一冊分書くか”と腹を括ったのです

 小説家なら誰もが考えるという新刊の宣伝の話題作り。しかし“一冊分書くか”となったのには、それなりに理由があったようです。その本当の動機は何ですか?

乳がんが発見された段階から、巷にあふれているがんの話と違うな、と思ったんです。しこりもなかったし、乳頭出血といっても灰色のシミが少しブラジャーについたくらいだし。

 こういうケースもあるんだと思ったと同時に、初期の乳がんは今やありふれた病気でもあるのだから、その診断から標準治療の経緯をきちんと正確に書いたら、人の役に立つんじゃないかと思ったんです」