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もしも『マツケンサンバ2』がなかったら、今の松平健はいないだろう。これに異議を唱える人は少ないはずだ。
最初のブームから20年近くたっても、その人気は衰え知らず。昨年は『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)で郷ひろみと「サンバ」コラボをやったり『逃走中』(フジテレビ系)でハンターに扮して替え歌を歌ったりと、引っ張りだこだった。
現在は渋谷でコラボカフェが開催中。金ピカの会場で『マツケンサンバ!ーガー』を食べたり『恋せよアミーゴ~南の恋の夜~』を飲んだりできる趣向だ。
国民が「大いにノレた」理由
そんな神曲が生まれたのは、1994年。舞台公演を盛り上げるための「マツケンソング」第2弾として作られた。
そこから口コミ的にその面白さが伝わり、2004年にCD化。その年の『紅白』初出場も果たすのである。
とはいえ、誰が歌っても大ヒットしたわけではないだろう。印象的だったのは、'03年12月に『FNS歌謡祭』(フジテレビ系)で披露されたときのこと。客席にいた外国人ゲストたちが目を丸くしながら大ウケしていた。
ちょんまげ姿の「サムライ」が金ピカ衣装を着て、着物の腰元たちを従え「リオのカーニバル」さながらに歌い踊るのだから、興奮するのも無理はない。それと似た感覚が、21世紀の日本人にもあったのではないか。
「最後の時代劇スター」と呼ばれた男とコミカルなキャラクターソングというギャップ。こういうものは本人が照れてしまうとつまらなくなるが、彼は大マジメにこなす。加えて、師匠・勝新太郎ゆずりのちゃめっけもそこはかとなく漂い、見る者も聴く者も大いにノレたのだ。