目次
Page 1
ー 東横線にふらり
Page 2
ー 「遊びに来てよ」
Page 3
ー 「美味しくて、涙出ちゃった」

 

 ある料理、ある酒を口にするとき、将又(はたまた)、ある店であのメニューを頼むとき、ふと思い出してしまう人―。料理やお酒をきっかけに引き出されるあの日、あの人を描く。グルメじゃないけど、僕にとっての忘れられない味は……。

* * *

 横浜中華街で夕飯を食べて、横浜のホテルニューグランドに泊まる。これは社会人になってから、「遠くに行きたい、でも近場じゃないと無理」というときに使う僕の奥の手だ。

 だんだん油っぽいものが堪(こた)える年齢になってきて、そのエスケープ方法も、年相応に変化していった。

 現在は、横浜ニューグランドのレストランで軽く夕飯を食べ、そのまま泊まる。翌朝は一階にある『ザ・カフェ』で朝食を食べて、世知辛い現実世界に戻るというのが定番だ。

東横線にふらり

 中目黒で打ち合わせが終わって、頭が回らないくらい疲れていたら、そのまま元町・中華街駅行きの東横線にふらりと吸い寄せられるように乗ってしまうことがままある。

 ホテルニューグランドは、窓の外に山下公園が見え、少し歩いて大通りを越えれば横浜中華街という場所にある。氷川丸がときどき、汽笛を鳴らすのも非日常感があっていい。

 今朝、久しぶりに中目黒で打ち合わせだった。帰りに目黒川沿いをプラプラ歩いて、行き当たりばったりのカフェに入る。「打ち合わせ」というお題目が付かずにカフェに入るのは、久しぶりな気がした。

 予定は常にタコ足配線のようにこんがらがり、一つ終わると二つタスクが現れる細胞分裂のような状態だった。

 注文したホットコーヒーを、半分くらい飲んだところで発作が起きたように会計を済ませて店を出て、僕は駅に急ぎ、東横線に飛び乗っていた。

 夜の打ち合わせ相手には、「ダルさが半端ない」と伝えて別日に変更してもらう。まんざら嘘でもなかったが、そんな一言では表せないほど精神的に参ってしまっていた。

 多摩川が近づいてきて、罪悪感より解放感が増してくるのがわかる。仕事が追いかけてこない安堵(あんど)からか、恐ろしいほど眠気に襲われた。うとうとしながら、僕はいつかの誰かと、いつかの自分を思い出す。