ゆうきさん(26歳・仮名)は女性として生まれてきたが、実際には男性だという自覚を持つトランスジェンダー、いわゆる『FtM』だ。身体には小学生のころから違和感があった。
「小学1年生のときは何も考えずに“俺”を使っていました。そのため“男女”と呼ばれていた。当時は、言い得て妙だなと思っていたのですが“そんなことを言ってはいけません”と先生が注意していて。そのとおりなのに、なんでそんなこと言うんだろうと不思議に思っていました」
“男女”いう表現は、きょうだいゲンカでもよく言われていたため、違和感はなかった。しかし、母親はゆうきさんが男らしく振る舞うことに対して、嫌悪感をむき出しにしていたという。
「女らしい格好で学校へ行かないと腹を立ててしまうんです。殴られるし、モノを壊されたり、漫画を破かれたりしたことも」
学校ではズボンをはいているけれど、帰宅のときには母にバレないよう、スカートにはきかえる。それでもバレてしまい、夕食抜きということもあった。
殴られることは当たり前のことだと思っていた。謝るまで叩かれたことも、“親をダマしてすみません”という反省文を書かされたこともある。そうしないと食事をさせてもらえなかったのだ。“どうして親の気持ちがわからないの!?”“こんな子いらない”と叱責されたこともある。
合唱コンクールで優勝したとき、見学に来ていた母は、帰宅するころには、もうすでに怒っていた。優勝したのになぜかと言えば、
「歩き方が男だった。恥ずかしいからやめてよ」
歩き方以外にも、服装や話し方、カバンの持ち方などが男の子のように見えて、母親は許せなかったらしい。毎日のように怒られ続け、小学校4生で「死にたいと思った」と語る。
「このころの“死にたい”は、母親への抗議の意味だったんだと思います」
そんなゆうきさんに追い打ちをかけたのは、中学校への進学。制服でスカートをはくことは、“生きづらさ”を加速させた。髪の毛がストレスで抜けたほどだ。
「罰ゲームでしかありませんでした。電車に乗っている自分の姿は世界でいちばんカッコ悪い。そんな状態で人目にさらされることは苦痛で、屈辱的。電車が本当に嫌でした」
学校に相談すると“センシティブな問題なので。ちょっと待って”“特別な話題だから大きな声で言うな”と教師に言われた。
「配慮しているフリをしながら、学校はビビっているだけ。自分自身は普通に生きているので、センシティブでもなんでもないのに、話さえ聞いてくれない。制服問題がクリアされれば、苦痛は確実に減ったのに」
駅で電車を待っているときに飛び込んで死んでしまおうと思ったこともあるが、
「この格好のまま死ぬのはだめだ。どうせ死ぬなら男の身体になってからだ」
と、思いとどまった。
ドラマで性同一性障害のことを取り上げていたときに、ネットで当事者のブログを読むと、まさに自分と同じ感覚。そこで病院に行くと、FtMと言われた。
「女らしさを強制しないように」と医師は言ってくれたけれど、母親はそれでも理解を示してくれなかった。
それ以降、ゆうきさんは友人何人かにカミングアウト。現在働いている職場でもカミングアウトしている。母のように拒絶したり、特に差別されることはない。
「からかい程度はあるけど、恐怖を感じるほどのいじめや排除はなかったです。でも、手術してまでは変えたくないです。玄関を開けたら他人の家だったというくらい、自分が誰だかわからなくなりそう。自分を削ってまで、世間を納得させるのは悔しいという、意地かもしれないですけど」
〈LGBT用語解説〉
トランスジェンダー(性別越境者/出生時に診断された性と違うあり方を生きる人)
出生時に判断された性別でなく、自認する性を生きる人。手術を望まない人も含む。日本語では性別移行者と言われる。