《高校卒業をひと区切りとし、この機会にゆっくりと時間をとっていろいろなことを勉強し、将来のことを考えたいという本人の意思により、SAYAKAとしての活動を停止させていただくことになりました》

 という発表後、05年に約1年半の間芸能活動を休止した神田沙也加

「原因は、12歳上のギタリストとの交際を聖子さんが反対したことでした。母親は自由に恋愛しているのに自分には許されないことを沙也加さんが怒って、家を飛び出したんです。いわば“母娘ゲンカ”でした」(芸能レポーター)

 そして、母娘は何度となくぶつかり合った。沙也加は、

「子どもではなく、ひとりの人間として見てほしいと言ったそうです。聖子さんは生まれて初めて反抗した娘に驚いたとか。でも本音を正面から聞いて、沙也加さんが成長したことに気づいて仲直りしたそうです。沙也加さんのほうも、ときには腹も立つけれど、“ママはママ”と、聖子さんという存在をだんだん受け入れられるようになったんだとか」(前出・芸能レポーター)

 映画での役柄同様“真実の愛”を確認できた彼女は2006年、本名の“神田沙也加”で復帰。活動を舞台中心にして、2009 年に『レ・ミゼラブル』、2010 年には『ピーターパン』という大作に出演した。さらに2012 年には、念願だった声優デビューも果たしている。

「沙也加さんはアニメが大好きで、デビュー当時から声優の仕事もしたいと言っていたんです。いずれ、役が来たときにファンの“お耳汚し”にならないように、あらかじめスクールに通っていたとか。アフレコ形式で講師にビシバシしごかれていたそうです」

 と言うアニメ制作会社関係者は、こんな指摘も。

「舞台やミュージカルは、席によって役者の表情が同じ角度で見られるわけではないので、どこから聞いても声が同じ調子で届くように、発声や滑舌などを徹底的に訓練するんです。それは声優にも共通する大切なことで、そのスキルを持っていましたね」

 今回の映画でも声優としての実力を発揮。アナとエルサの会話シーンは多くあるが、

「アフレコは単独で行われ、沙也加さんのほうが先だったそうです。松さんはアナの声を聞いて吹き込めたのですが、彼女は英語版に対してやらなければならなかった。それでもうまく姉を思う気持ちを表現しており、かけあいもより自然なものになっていますよ」(前出・映画ライター)

 まさにこれまでのキャリアがすべて結実したかのような作品だ。彼女はあるウェブマガジンのインタビューでこんな発言も。

「私が考える“自己の解放”というのは“人と違っていい”ということ。これを言ったらどう思われるか、こんな自分を見せたら非難されるのではないかという恐れに負けないで、自分は“自分のままでいい”という気持ち。外に対して本来の自分を出せるようになっていくのが、自己の解放の小さな1歩と思います」

 音楽プロデューサーの酒井政利さんも、母親とは違う魅力をこう語る。

「今の段階でも母を超えつつあると思います。松田聖子の歌はアイドル発なだけに、どこまでも、あどけなさが見え隠れして表現的にアダルトの域へ到達していませんからね。その点、沙也加のほうが大人っぽい歌声なんです。大胆さもあって表現力もある。さらに声そのものには透明感があるだけでなく、やや寂しさや濁り、陰りを感じさせるんです。それが生々しさを生み出していて、聴いている者の胸に迫るのだと」