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 TPPの大筋合意が報じられた昨年11月から、テレビや新聞は歓迎ムード一色。TPPで私たちの生活はどう変わるのか? 経済アナリストの森永卓郎さんに話を聞いた。

 『残業代ゼロ法案』という言葉を耳にしたことはあるだろうか。

「その名のとおり、残業代はいっさい支払われず、賃金は働いた時間ではなく成果に応じて決められ、企業は労働時間の管理さえしないで社員を無制限に“タダ働き”させるという制度。政府は『高度プロフェッショナル制度』と呼んでいますが、このままいけば、いま開かれている国会で成立してしまいます」(森永さん)

 TPPとどんな関係が? その問いに森永さんはこう答える。

「TPPが発効されたあとに待ち受けるのは、日本全体がブラック企業みたいになる社会。国民の1%に富が集中するアメリカみたいになっていく。われわれの生活にいちばん影響の大きい雇用面がまさにそう。超富裕層の1%に入れるような人たち、つまり首相や財界のお友達、グローバル企業のエリートたちにとってはTPPが動きだすと大きなメリットになります。残り99%の庶民は安い給料で死ぬまで働かされます」

 残業代ゼロ法案について、厚労省の説明では、年収1075万円を超える高度に専門的な人材だけに適用としているが、その条件を経団連は400万円まで引き下げるように言っている。

「すでにアメリカでは300万円弱で残業代ゼロ。同じように日本でも、そこまで下がるでしょう。なぜアメリカのまねをしなければならないかというと、アメリカの企業が日本へ進出するとき、この制度がなければソンをするから。非関税障壁だと言われてしまう」

 日本政府が先回りしてお膳立てをしているわけだ。

「また、スズメの涙のお金さえ払えば、いくらでも解雇できるようになる。規制改革会議が導入を求めている『金銭解雇』がそれです。もし企業が解雇した社員に告訴されて、不当解雇の判決が出たとしても、そこで100万だか200万だかの手切れ金を払えばOKという仕組みです」

 これもアメリカの要求と森永さん。すでにアメリカ化が顕著なのが国家戦略特区だ。指定地の神奈川県と大阪府で今年から外国人メイドが雇えるようになる。

「住み込みで働いて子育てを手伝ってくれますが、家のなかにメイドの部屋が必要。給料も年に100万円ぐらいは支払わなければなりません。そんなことができるのは、アメリカでも高給取りのエリートだけ。彼らは自分で子育てをしません。メイドが育てる。そのための仕組みを日本にも取り入れようとしています」

 一方で安倍政権は、TPPにともない農家や中小企業の投資、海外進出を猛プッシュ。実現できれば79・5万人の雇用が生まれるとそろばんをはじく。

 だが、TPPと雇用をめぐる問題に詳しい弁護士の杉島幸生さんは、次のような懸念がぬぐえないという。

「2013年に農水省が出した試算では、TPPにより北海道の農業関係者だけで17万人の失業者が出ると言っていました。今回の交渉結果を見ても農村への影響は大きいでしょう。

 農業地域で失業者が出るとなると、どこで新たな職を得るのか。代替の産業が突然生まれるわけがないので都会へ流れてくるでしょう。離農者が都会に流れて来たときに結局、派遣などの不安定雇用になって、都会の労働者と足の引っ張り合いにならざるをえないのではないか」

 ほかにも不安材料はある。韓国を例に森永さんが警告する。

「1997年に金融危機に巻き込まれた韓国は国際通貨基金の管理下に置かれて、経済構造改革をやったんです。それによりサムスンやヒュンダイといった大企業がグローバルに活躍するようになり、日本のエリートよりはるかに巨額の給料をもらえるようになったんですが、中小企業は片っ端から淘汰されました。アメリカ化して、とてつもない格差が広がった」

 このような事態がTPP発効後、日本でも起きるだろうと指摘。

「生き残れるのは英語が操れる人。上司が外国人になったり、社内の公用語が英語になったりしますから」