もう1度、舞台に戻ろう
石丸は、1年間、身体のケアに専念した。
「まずは散歩から(笑)。自然と触れ合い、日常的な人の営みを見られたのは収穫でした。舞台俳優は自宅と劇場の往復ですから、限られた視点の中で生きていたんですね」
休息の時間を得て笑顔が戻ってきた。他人が見えて自分が見えたら、本当にやりたいことも見えてきた。
「思い出したのは、藝大時代にホスピスでコンサートをしたときの光景です。病気で苦しみ、疲れた人たちが楽しんでくれたのがうれしかったんですね」
ロンドンやニューヨークに観劇に行けるほど回復したときもう1度、舞台に復帰しようという気持ちになった。今度は与えられるのではなく、自分から発信していこう。やったことのない仕事に挑戦したいと、現在のマネージャーと事務所を立ち上げた。
「周りからは無謀と言われ、大海に浮かぶイカダのようだった」と笑う。
2009年、1年半の充電期間を経て、朗読劇で舞台に復帰した。白井晃、小池修一郎、栗山民也、蜷川幸雄など名演出家たちが、待っていたようにミュージカルにせりふ劇にと、石丸を起用してゆく。
2012年は『GOLD~カミーユとロダン』のロダン役や、『ジキルとハイド』でジキルとハイド役も演じた。誇り高く気難しい芸術家や、対極にある人物像が評価された。活動は映像の世界にも広がっていった。「第2章が始まったなという思い」もあった。2010年にはソロアルバムをリリース、コンサート開催など、声楽家としての活動もしだいに増えていく。
『半沢直樹』の支店長で大ブレイク
そんな中、石丸の役者人生が激変する仕事が舞い込む。主役と敵対する、悪い支店長役という依頼だった。
「実は最初は迷いました。“敵役”は自分のラインではないと」
このとき背中を押してくれたのが、劇団四季の時代から石丸を応援してきた、大阪黒門の串かつ『六覚燈(ろっかくてい)』のオーナー・水野幾郎だ。
「やりなはれ。悪い役をやったことないでしょ。役者・石丸の本当の魅力が出てくるから」
2013年7月にスタートした『半沢直樹』の浅野匠役で、大ブレイクを果たす。
原作者の池井戸潤も、
「悪役を演じていても、人間らしい弱さ、心細さというものを表現するのがうまい。オドオドしたり内心はビビったりしながら、口では強いことを言う浅野支店長の演技は石丸さんならでは。人間の二面性を演じ分ける演技力、役者としての理解力が素晴らしい」
と、太鼓判を押す。
街に出れば「浅野支店長だ!」と、知らない人たちに声をかけられる。それが面倒で、ヒゲを生やしたり変装もした。現在は気にしたらキリがないと、「あの支店長、悪かったですね」と言われると「ありがとうございます。うれしいです(笑)」と、堂々と受けるが……。
「悪い役や変な役がいっぱい来るようになった(笑)。でも俳優としては、悪いやつこそ、人間のいろんな部分が見えておもしろい。どちらの役も混ぜて、いいけど悪い、みたいな深みのある人間の作り方ができるようになりました」
その後『ルーズヴェルト・ゲーム』では、中間管理職の悩みと悲哀を。NHK大河ドラマ『花燃ゆ』では、保守派と革新派の間で悩む長州藩士を。ドラマ、舞台、映画、CM、司会と、新しい仕事のオファーがどんどん飛び込んできた。