60過ぎたら素敵に枯れよう
今年の春には、クラシック系の音楽番組『題名のない音楽会』の6代目司会者に就任した。番組の鬼久保美帆プロデューサーは、女性らしい視点からキリッと語る。
「石丸さんがいらっしゃるだけで、舞台に華があります。演奏されている方がすごいことをしているのだと、言葉でまとめるのも、それを聞きやすい声でお伝えすることにも長(た)けていらっしゃる。打ち合わせのたびに、本当はダメなところとか、変な癖があるんじゃないかと探すんですけど(笑)。本当にこんな方がいるんだなとびっくりしてます。今後もっとハチャメチャに、おもしろがってくださってもいいかなと思ってます」
伝統ある『題名の~』司会について、石丸はどう考えているのだろう。
「カメラに向かってではなく、目の前のみなさんの反応を受けて、どう機転をきかせて対応できるか。これは楽しい仕事だなと思います。とくに音楽は一生、身を投じたいもののひとつなので。『題名のない音楽会』のように、その場でお客さんと一緒に演奏を体験するのは喜びなんですよね。趣味が仕事になったようなもので、こんなステキなことはないと思っています」
マイナス点が見つからないところがすごいと、鬼久保も語る。今、その鍛錬を支えているのは、日常ではない劇的なものに惹かれて、自分もまたそれを提供したいという強い願いなのだろうか。
「これは悲しい現実ですけど、肉体は確実に、若いときとは違う形になってきてます。1日、3回の公演ができるくらい若かったのが、できなくなる現実。今の状態でできることを、もう1回、自分の中で作り直さなくちゃいけない。
60歳を過ぎたときに目標となる大先輩たちがいます。緒形拳さんとか、藤村俊二さんとか、高倉健さんとか、枯れながら素敵だったじゃないですか。ああいうふうに、人に見える存在としていたいなと思う。そのためには、今、何したらいいかなと考える」
目標を決めたら、ゆるがない。たぶん絶対に。到達したら、また次へと進む。
今日もまたステージの幕が上がる。誰からも好感を持たれる恵まれた容姿と、自在に使い分けられる声色を用いて、石丸は見事にその役を生きる。あるいは、自分自身を投影して美しい日本語で歌いかける。それが長い時間をかけて磨きあげ、身につけ、育てあげた52歳になる石丸幹二である。
いま若きころの心身を極限まで鍛え上げる日は過ぎ去った。でも石丸を見る人に、プリズムのようにきらめく劇的な夢を見せながら、最高レベルのクライマーのごとく、万全の準備を整えて、選び抜いた山を登る。自分自身だけが知っている身体と心を駆使して、誰よりも流麗に、美しい歌を歌いながら登りつづけてゆく。
取材・文/高山まゆみ
たかやま・まゆみ 音楽誌のライターとして活動後、女性雑誌、企業PR誌を中心に執筆。いま話題の人、興味のある人に会いに行って、味のあるいい話を書きつづけることがライフワーク。地方で頑張る人たちの笑えてちょっと泣けるストーリーも書いていきたい。