没後8年たっても叱られた思い出話を競い合う
長くファッション誌のヘアページを担当し、日本で唯一のヘアライターでもある佐藤さん。大ヒットした前著『女の運命は髪で変わる』(サンマーク出版)とは打って変わって、今回書き上げた『道を継ぐ』(アタシ社)は49歳でスキルス胃がんで亡くなったカリスマ美容師・鈴木三枝子さんの姿を追ったノンフィクションだ。この女性がとにかくカッコいい。
「美容業界でこれほど誰もが影響を受け、憧れた人はいなかった。鈴木さんが勤めていた美容室『MINX』のスタッフと飲みに行くと、いつも“鈴木さんに叱られた自慢”が始まるんです。こんなにひどい叱られ方だった、いや自分のほうがひどいって(笑)。亡くなって8年経つのに、みんな鈴木さんの話をします。どう生きたら、こうして色あせることなく人の記憶にとどまるのかを知りたくて」
と、執筆の思いを語る。
本書から浮かび上がるのは、鈴木さんのストイックでとことん一途な仕事ぶりと、その熱量で周りを巻き込み、一緒に仕事をする人たちに最大限の力を発揮させていくエネルギッシュな存在感。その生き方が話題を呼び、職業を問わず、あらゆる世代の人たちに読まれているという。
「ゆるやかに無理せず、ていねいに生きることが大切という風潮があるいまの時代、鈴木さんの熱く、太く、強くという昭和的な生き方は若い人の価値観と合わないかと思いましたが、20 代から『こんなふうに生きたい』『勇気をもらった』といった感想がたくさん寄せられています。
一方で、70代の方から『残された時間でもっとやれることがあると思った』とか『がん闘病中の支えになった。同じ病気の友人にもすすめた』などの感想もいただきます。強烈に人の心に残る生き方をしたいと願うのに、年齢や時代は関係ないと感じました」
『MINX』は業界でも認められたトップサロンで、スタッフが約200名も在籍する大所帯だ。鈴木さんは創立者である高橋マサトモさんの妻であり、スタッフ全員の母としてひとりひとりに接していたという。営業中でもかまわずスタッフを厳しく叱りつけ、客を練習台にレクチャーが始まることもあった。それを客が見守り、喜んで協力したというのもすごい。
「ふつう女性がそれほど怒ると、ただのヒステリーなんじゃないかと受け取られそうですよね。でも、驚くことに誰もが鈴木さんのことが大好き。そしてスタッフは、親からも感じたことがない愛情をもらったと話してくれるんです」
思い出話の“叱られ自慢”は皮肉や自虐ではなく、本物の自慢話なのだ。