人には神様に与えられた役割がある

 2015年3月。久田は中学時代の恩師と、卒業以来25年ぶりに再会した。中学入学時、最初に意気投合し、ともに悪さをした友人の葬儀の席でのことだ。

「殺されたの」

 久田は、それ以上を語らなかったが、卒業を境に疎遠になっていた友の死を知り、葬儀の取りまとめ役を買って出たという。

 恩師たちにも連絡を入れ、何人もが参列した。葬儀の席では、ゆっくり話せなかったので、翌月の月命日に再び集まった。

「先生方に囲まれた私は、すっかり中学生に戻ってた。でも、いまだに説明できないの。なぜ、あんなに暴れたのか。大人になった今、常識的に考えると、ずいぶん迷惑かけちゃったよね。先生たちに

 足立区立第十六中学時代の恩師・関根健一さん(69)もそのひとり。中学2年、3年と連続で担任を務めたのは、久田が「一目置く」数少ない教師だったからだ。

 関根さんが話す。

「当時、久田がなぜ、私には反抗しなかったのか、理由はわかりません。ただ、私は久田に不良というレッテルを貼る気にはなれなかった。制服ひとつとっても、汚れていて、親が手をかけていないことが一目瞭然でしたから。素行の悪さを責めるより、久田の思いを受け止める相手でありたいと考えていました」

 中学1年のとき、久田は担任教師の給食にトイレの水を入れたり、暴れて授業を妨害したりと問題行動を連発した。

 まだ新米だった担任の女性教師は、職務をまっとうし、その年の3月に退職した。

 関根さんが続ける。

「このとき久田は、私に相談に来たんです。ひどいことをした。どうしても、先生にあやまりたいと。離任式には出せないので、個別に時間を作りました。その先生は、しばらく会社勤めをして、教師に戻りました。最後に見せた久田の変化が、教師という仕事に希望を残したのかもしれません」

 関根さんは、久田の成功を喜ぶ一方で、取材の電話口で、こう伝言を託した。

「昔から無鉄砲だから、食事もとらずに仕事をしてるんじゃないかな。記者さん、久田に伝えてください。無理をするんじゃないぞ。身体だけは気をつけるんだぞって」

 それを聞いて、久田はかみしめるように言った

「こんなオバちゃんになっても心配してくれるんだから、ほんと、ありがたいな」

 久田の半生は、『朝日新聞』で『仰げば尊し』と題し、今年5月3日から4回シリーズで紹介された。これを機に、自治体などから講演依頼が舞い込んでいるという。

「やりたかったことだから、喜んで引き受けてる。子どもたちに伝えたいからね。中学、高校で、友達とたくさん遊んで、部活も勉強も、その世代でやるべきことを思い切りやるんだよって。大学に行くのは、安定した職業に就くためではなく、人間力をつけるためだよって。私にはできなかった。だから、わかるの。それが、いかに貴重なことか」

 そこまで一気に話すと、経営者の顔に戻り、付け加える。

「だって、人間力のある子がたくさん育たないと、うちの会社にいい人材が集まらないじゃない」

 恩師が心配するとおり、久田の日常は仕事漬けだ。深夜2時、3時に就寝し、朝は誰よりも早く出社する。

お客さんの気持ちになって、喜んでもらうために身を粉にすれば結果は出る。その意味で水商売もITも原点は同じだという 撮影/渡邉智裕
お客さんの気持ちになって、喜んでもらうために身を粉にすれば結果は出る。その意味で水商売もITも原点は同じだという 撮影/渡邉智裕
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「前はね、遊ぶと罰が当たって13歳に戻っちゃうような気がしてた。でも、今は1日の10分の1を自分の時間にするようにしてる」

 結婚は? 尋ねると「ないない!」と即座に否定する。

「人には神様に与えられた役割があると思う。14歳でホステスになった私は、苦い経験をたくさんしたけど、その分、強くなれた。それこそ今じゃ、ガンダム級よ(笑)。これからは、その力を、会社の従業員や、未来を支える子どもたちのために使っていこうと思ってる。それだけよ」

 痛みを知っている久田は、強いだけでなく、心優しい。

 そのたくましい背中が、教えてくれる。

 人はいくつになっても人生をやり直せるんだよ、と。

取材・文/中山み登り

<筆者プロフィール>
なかやまみどり ルポライター。東京生まれ。晩婚化、働く母親の現状など、現代人が抱える問題を精力的に取材している。主な著書に『自立した子に育てる』『仕事も家庭もうまくいくシンプルな習慣』(ともにPHP研究所)など。中学生の娘を育てるシングルマザー。