「やっぱり別の病院に」妻の言葉で
重粒子線も陽子線も放射線の一種だが、いずれもがん細胞をピンポイントでやっつけることができるという優れた特徴を持つ。それに比べて、従来の放射線は照射範囲が広いため、正常な細胞まで傷つけてしまう。
だが、その結果は、
「“どこで治療しても同じ”と言うんですよ。それを聞いて、そうか、あきらめるしかないのか。もう死ぬしかないのか、と思いましたね。病院からの帰り道、女房も私も終始、無言でした」
その日の夜、奥さんは寝ていた彼を起こし、
「“やっぱり東北の病院に行きましょうよ。いま、『ステージIVからの生還』と入れて検索したら、その病院にかかって助かった患者さんたちの症例が出てきたの。ステージIVでも助かっているのよ”と言うんです」
中でも咽頭がんで治った人の症例が多く見られたという。これは試してみるほかない。次の日、主治医に紹介状を書いてもらった。
「東北の病院で再検査して、そこのお医者さんから“うちでやれます”という力強い言葉をいただいたんです。うれしかったですね。そこで陽子線治療と動脈から直接抗がん剤を注入する『動注抗がん剤治療』を併用しながら約1か月半、治療を続けました。『動注抗がん剤治療』とは患部に近い動脈から直接病巣に高濃度の抗がん剤を注入する治療法です」
その結果、がんは寛解したのだった。
2年半たった現在、がん細胞は消え、今のところ転移や再発の心配はないという。
高度な先進医療のおかげで九死に一生を得たということだが、一般的に先進医療を施すには何百万円という莫大なお金が必要となる。
そのため、ネット上で彼に対して、《金持ちだからできるんだよ。おれたち貧乏人にはそんな治療はできないんだよ》などという書き込みが多数見られたという。
しかし実際は、
「幸い、私は医療保険に入っていたんですよ。だから、かかった治療費はそれ以外の実費だけですみました。それに、その特約分の掛け金は月に数百円から数千円なんですよ」
ということだった。
「私は決して保険屋さんの回し者じゃないですよ(笑)。でも転ばぬ先の杖ですから」
それにしても声に張りがあって、よく通る。まるで『熱血教師・河野武』が目の前に現れたかのようだ。中咽頭がんを患ったはずなのに……。
「病気が治ったとしても、もしかしたら今までどおりに声が出ないんじゃないか。そう心配していたのですが、大丈夫でした」
失うはずだった声が無事だったことで、うれしい仕事も入ってきた。39年ぶりにソロの新曲『ハマナス』をリリースするというのだ。
「いい歌ですよ。私が歌わなければ、絶対ヒットしますよ(笑)」
とジョークまで飛ばしていたが、これまでしたこともなかったキャンペーンも積極的に行っているという。
そしていま、がんと闘う人たちに向かってこう訴える。
「人間ドックだけじゃなく、ほかの精密検査も受けたほうがいい。早期発見につながりますから。セカンドオピニオン、サードオピニオン、そして自分に合った治療法をいろいろ調べることが大切。ひとつの病院で出された結果を鵜呑みにしないこと。ほかに絶対、道があるから」
それはまさに、自身の経験から学んだ“がん攻略法”にほかならない。