いよいよ立合い。2人とも手もつかず鋭く立ったが待ったナシ! 琴光喜が右脇を差して下手投げを食らわそうとするものの朝青龍には効かず、頭を琴光喜の胸にしっかりつける。そのまま土俵中央に止まる2人に場内から拍手が起こるほどの大相撲になったが、最後は土俵際まで追い込んで、寄り倒して朝青龍の勝ち。
その瞬間またウオオオオオオ!と、かつての本場所のような歓声が起こる。
朝青龍が起き上がる琴光喜に手を貸して、2人は腰をポンポンと叩き合い、お互いの健闘を称えた。そして朝青龍はかつて国技館で批判されたこともあるガッツポーズをカメラ目線でこれでもか! と決め、勝利に酔いしれた。見事な8戦全勝!
「相撲道」が胸に響く
もう、この頃には見てるこちらは涙がとめどなくあふれた。11月からずっと、私たち相撲ファンの心はズタボロに叩きのめされてきた。もう相撲なんて見ないほうが幸せかも? なんて思うことさえあった。
それがこの清々しい、ひたすら相撲が好きだ! という純粋な愛にあふれた一番に、ああ、相撲って素晴らしい! と心から思えて喜びに震えたのだ。
取組後のインタビューで朝青龍は「相撲はこれが人生最後なんで、お別れします。もう(土俵に)絶対上がらない。人生で残ってた相撲(への想い)、夢に出てくることとか、この土俵に残して、本人ダグワドルジに戻ります」と言った。
琴光喜も「本当にこれで、気持ちよく引退できました」と言い、2人ともこの一番で区切りをつけ、人生最後の相撲だと実に清々しい顔をする。ツイッターには「ありがとう」「救われた」「しあわせだ」という声があふれた。
朝青龍はそれぞれの取組の合間にも、相撲に大切な礼節を度々口にし、最後のインタビューでも琴光喜との取組を「土俵に上がり礼に始まり礼に終わる、あの感じに『やっぱり、いいなぁ』と思ったんです。これは忘れられない一番ですね」と語った。
かつて土俵上の所作にも多々叱責を受けた朝青龍が不本意な引退から7年の今、相撲道を語る――それは相撲への愛情にあふれるが故に自然に出てきた言葉。私は今までわからなかった相撲道というものが初めて胸に響いて理解した。
暴力疑惑で引退に追い込まれた元横綱が、相撲界を揺るがす殴打事件騒動の中、相撲ファンを救い、相撲愛を確認させてくれた。なんというめぐり合わせだろう。
そして多くの相撲ファンがツイートしていたのは「日馬富士にもいつかこんなときが来るかな?」だった。私も本当にそれを望む。人生をかけてきたものを急に取り上げられた人の、身体を切り裂かれるような痛みや空虚な気持ちは想像するだけで辛い。
そりゃ、彼がやってしまったことの責任は大きいかもしれない。でも、こんな形で引退しなきゃいけなかったのか? 私にはわからない。どうか、いつの日か、彼がこんな場を持てることを祈らずにおられない。
和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。